第8章 偽りの食事会
「朱里っ!」
「っ…ぁ……えっ?信長さ、ま…?」
もみ合いになっている私達の方へと一直線に駆けて来る信長様の姿に、息を呑む。
その後ろからは、秀吉さんが慌てて追いかけてきているのが見えた。
「の、信長様!?」
私の腕を掴んでいた男性も、信長様の姿を見て驚いているようだ。
「朱里っ!貴様っ…何をしている?」
「あ、あの…私っ……」
息ひとつ乱さずに私の前に立った信長様の怒りに満ちた冷たい眼差しに、動揺して上手く言葉が出てこない。
(っ…どうしようっ…信長様、すごく怒ってる……)
信長様は男性をギロリと睨むと、男性の手から私を強引に奪い取り、痛いぐらいに強く抱き締めた。
「この女に触れることは許さん。今なら見逃してやる。早々に立ち去るがよい」
低く告げられた言葉は威圧感たっぷりで、その場が一瞬で凍りついたかのように寒々とした雰囲気になってしまう。
男性はひと言も言い返せないまま、震えながら転がるようにしてその場から去って行った。
「朱里っ…大丈夫か?怪我はなかったか?他の女子たちはどうした?一緒じゃないのか?」
はぁはぁと息を切らして追いついてきた秀吉さんが、私の方を心配そうに窺いながら次々に質問してくる。
(秀吉さん、私が知らない男性に絡まれてたと思ってるんだ…こんなに心配してくれてるのに、私は秀吉さんにも信長様にも嘘吐いて…私、何やってるんだろう……)
「ご、ごめんなさいっ…私、あの……」
酷い罪悪感に苛まれた私は、その場で二人に事の次第を打ち明けた。
食事会は殿方との出逢いの会だったこと
人数が足りないからと頼まれて出席したこと
友人たちとの初めての外出がしたくて、嘘を吐いたこと
思ったより場が盛り上がって、時間が経つのを忘れてしまっていたこと
ぽつりぽつりと小さな声で話す私の話を、二人は黙って聞いていたが、やがて信長様は、はぁ…と大きな溜め息を吐いた。
秀吉さんは困ったような顔をしている。
(っ…信長様も秀吉さんも、呆れてるよね…)
「秀吉っ、貴様は先に城へ戻れ」
「は?いや、しかし……」
「黙れ、言うとおりにしろ。さっさと行け!」
「ははっ!」
チラチラと私たちの方を心配そうに見ながらお城の方へと戻っていく秀吉さんを見送っている間、信長様はひと言も口をきいてくれなかった。