第8章 偽りの食事会
その頃、天主では……
「秀吉っ、朱里はまだ戻らんのかっ!もう、とっくに日は落ちておるぞっ!」
「はっ、も、申し訳ございませぬっ…」
秀吉は、信長の恐ろしいばかりの剣幕に、返す言葉もなく平身低頭するしかなかった。
夕刻の軍議の席でも、信長の苛立った様子は目に見えて明らかで、皆が恐る恐る様子を窺っていた。
今日の外出を、御館様が最終的にはお許しになったと聞いた時、秀吉は秘かに驚いていた。
朱里が必死に頼み込んだとはいえ、これまでの御館様ならば、有無を言わさず却下なさっただろう。
それが、渋々とはいえ、我を抑えて朱里の願いを聞き入れられたとは……
長らく信長の傍近くで仕えてきた秀吉にとって、それは信長の大きな変化だった。
だが…………
『暗くなる前に帰る』
その約束も虚しく、障子を開け放った天主から見える空には既に太陽の姿はなく、宵闇が迫ろうとしている。
真面目な朱里が約束を違えるとは思えない。
女同士、話が弾んで、知らず知らずの内に予定の時刻を過ぎてしまっているのかもしれない。
だが、それならまだしも、何か事故にでも遭って帰れなくなっているのだとしたら一大事だ。
嫌な想像が、胸の内を騒がせる。
「何か事情があって帰れぬのかもしれません。すぐに迎えに参りますっ!」
「待てっ…俺が行く」
踵を返して退出しようとする秀吉を引き留めた信長は、もう歩き出していた。
「えっ?ええっ…お、お待ち下さい、御館様っ…」
あっという間に小さくなる主君の背中を慌てて追いかける秀吉は、ああ、これはまずい、とんでもないことになった……と頭が痛んで仕方がなかった。