第8章 偽りの食事会
秀吉さんの気遣いが嬉しくて、心がほんわかと温かくなった。
その反面、優しい秀吉さんを騙すようで申し訳ない気持ちもあった。
「あのね、秀吉さん…私、外出がしたいの」
「外出?どこへ行きたいんだ?城下だったら俺が連れて行ってやるぞ」
「ううん、違うの。薙刀教室の皆から、城下のお店での夕餉に誘われてるの。初めてできたお友達からのお誘いだから、どうしても行ってみたいの」
「城下で夕餉?夜か…それは…どうだろうな…行くのは女子たちだけか?」
「えっ…あ、うん…そうだよ」
秀吉さんの問いかけに、ギクリと身体が僅かに固まる。
不自然じゃなかっただろうか…上手く答えられたかな…
「う〜ん、女子だけでの夜の外出は心配だな。誰か護衛を付けるか…」
「えっ…だ、大丈夫だよ、少し早い夕餉にすれば…暗くなる前には帰れるし。護衛なんて大袈裟だよ」
「そうは言ってもなぁ…お前は北条家から預かった大切な姫だし、なんと言っても御館様の想い人だからなっ」
「秀吉さん……」
何気なく言われた『御館様の想い人』という言葉が嬉しくて、思わず顔がニヤけてしまう。
「御館様もご心配なさるだろうしなぁ…」
「信長様には、私からちゃんとお話するから…お願いっ、秀吉さんっ」
「朱里……」
(朱里が願い事をするなんて初めてだし、知らない土地に一人で心細くもあるだろう。せっかくできた友達との約束だ、快く許してやりたいな…)
「分かった…ただし、暗くなる前には必ず帰るんだぞ?」
「はいっ!ありがとう、秀吉さんっ!」
満面の笑みを浮かべる朱里の様子に、秀吉もまた顔を綻ばせる。
朱里の笑顔は純粋で、見ている周りの者を穏やかな心地にさせる。
朱里を手元に置かれるようになって、御館様自身にも、最近微かにだが変化が見られるようになったと秀吉は感じていた。
(御館様は、最近穏やかなお顔をなさることが増えた。以前は、氷のように冷たく凍てついた表情をなさって、周りの者もみなピリピリしていたものだが……朱里が安土に来てからは、そういう嫌な緊張感みたいなものがなくなった。
このまま、二人が上手くいってくれるといいんだけどな……)