第1章 信長様の初めての子守り
広間を出て、本丸御殿の庭へと向かう。
「ちちうえ、お庭、おさかな、いるかなぁ?」
「さかな……(ああ、池の鯉のことか…)…おお、たくさんおるぞ」
「捕まえていい?」
「いや、それは無理だろう…見るだけにしておけ」
「え〜っ…おさかな、欲しい…」
「ふっ…」
庭へ出ると、繋いでいた手をパッと離し、勢いよく駆け出した結華に、少し慌てる。
池のある方へと一目散に走っていくから、一刻も早く鯉が見たいのだろう。
(子供の動きは予測がつかんな…くっ…この俺が慌てさせられるとは……)
「っ…結華、待て、そんなに覗き込んだら危ないぞ……って、うわっ!」
あっという間に池の淵に辿り着き、小さな身体で前のめりになって池の中を覗き込もうとした拍子に、池の淵の石組みに躓いたのか、ぐらりと体勢が崩れる。
追いついて慌てて着物の端を掴もうとしたものの、間に合わず、伸ばした手は虚しく空を切り………
ーボチャンッ バシャ!
「………ふぇ〜ん…うわぁ…」
「っ…うっ……………」
池に落ちた結華を急いで引き上げたものの、着物はびしょ濡れになり、予想外のことに驚いた本人は声を上げて泣き始めている。
「っ…結華、落ち着け…一旦、着替えに戻るぞ」
「イヤっ!お魚、見るの〜」
ずぶ濡れでイヤイヤと首を振って嫌がる結華を持て余しながらも、池の中をチラッと覗いて見ると、池の中の鯉たちは、びっくりしたのか、底の方へ身を潜めてしまっているようだった。
「結華、今は魚は見えん…着替えた後でもう一度見に来よう、な?」
「イヤっ!やぁ〜」
(なかなかに強情な…さて、どうしたものか…無理矢理抱き上げて連れて行くことは可能だが…)
イヤイヤと駄々を捏ね、暴れる我が子を見ても、気が短いはずの己が不思議と苛々せず、穏やかな心地で見守ってやれているのは、本当に不思議だ。
自分の子というだけで、こんなにも何もかもが愛おしい。
「……結華、近くで魚が見たいか?」
「うんっ!」
「……秀吉っ!」
「………っえっ、ええっ??は、はいっ!」
庭の隅の方に隠れるようにして控えていた秀吉が、俺に急に呼ばれて慌てて走り出てくる。
その後ろには、光秀、家康、政宗、三成たちの姿も見える。
(全く……彼奴ら、揃いも揃って…)