第7章 生まれ日の意味
小さな足で懸命に歩いてきた信長の前に、ようやく城門が見えてくる。
那古野城を出た時には、澄みわたる青空に、天高く輝く太陽が目に眩しいぐらいだったのに、今、辺りはどんよりと暗く、鈍色の空にも雲が増えてきていた。
雲は、風に流されて忙しなく空を走っている。
時折、ヒュウっと吹きつける湿った風が、信長の漆黒の髪を乱す。
無遠慮に吹きつける風に追い立てられるように、母のいる城を目指す信長の足も自然と早まった。
城門前で名乗ると、門番の男は驚き、怪訝そうな顔で俺をジロジロと見てから奥へと引っ込んでいった。
身分的には上なのだから堂々としていればいいのだろうが、黙って勝手に来た手前、何となくきまりが悪く落ち着かなかった。
(っ…母上に直接取り次いでくれるだろうか……父上に知られたら、また怒られるかもしれない)
『お前は織田家の嫡男なのだから、強くあらねばならん。母に甘えるな』
父は俺に対して厳しい。
顔を合わせると、必ず何かしら叱責される。
優しい言葉などかけられたことはないし、何をやっても褒めてはくれない。
『お前はまだまだだ』と冷たい。
じいは、『それは、お父上の若への期待の表れです』などと言うのだが……
じいもまた、俺には厳しい。
跡継ぎとして相応しい振る舞いを、と何かと叱言が多い。
それでも…じいはいつも俺の傍にいてくれる。
俺がどこに行っても、必ず探し出してくれるのだ。
どれぐらい待っただろうか……
一人で待たされた時間は永遠かと思われるほど長く感じたが、それは己の不安のせいだったのかも知れず、実際にはさほどの時間は経っていなかったのかもしれない。
門番の男は、一人の女を伴って戻って来た。
(あれは…母上の侍女か、見覚えがある…)
「っ…吉法師様、本当にお一人でここまで…?」
「母上はっ?母上のところへ案内せよっ」
女はくしゃりと顔を歪めて、辛そうな表情になると、
「吉法師様、本日は御前様にはお会いできませぬ…お帰り下さいませ」
「っ…何故だ?いつなら会える?いつなら会って下さるのだ?
俺はいつまででも待つ」
(せっかく来たのだ…このまま引き下がるわけには……)
必死に食い下がる信長だったが、侍女の態度は頑なだった。
「っ…それは…お答えできませぬ。お待ち頂いても無駄でございます。お帰り下さいませっ」