第7章 生まれ日の意味
「では吉法師様、これを終えられるまでは、お部屋を出られませんように……」
政秀は、厳めしい顔でそう告げると、手習いの手本の束をドンっと勢いよく文机の上に置いた。
「…………」
部屋を出て行く政秀を恨めしげに睨みつけ、信長は襖が閉まった途端に畳の上に大の字に寝転んだ。
「っ………」
天井をグッと睨みつけながら、自分でもどうにもならない感情を吐き出すように、強く握り締めた拳を畳に打ち付ける。
拳に感じる痛みは、そのまま胸の痛みに変わっていく。
信長は孤独だった。
物心ついた時、彼の傍には父母はいなかった。
父は、嫡男として彼に厳しく接し、母は後に産まれた弟にかかりきりで、信長のことを顧みることはなかった。
幼い自分は、乳母と傅役だけを付けられて一城の城主となった。
何故、自分はここにいるのだろう。
何故、生まれてきたのだろう。
織田家の跡継ぎとして、家をまとめ、家臣達をまとめ、尾張の国をまとめる為だと、じいは言う。
だから、強くあらねばならない、と。
そんなことは、分かってる。
分かってるけど……俺は…………
唇をキュッと噛み、深く長い溜め息を吐いた。
逢いたい 母上に逢いたい
俺が今日という日に生を受け、今この世にある意味を、母上の口から聞いてみたかった。