第7章 生まれ日の意味
「若、じいはいつも申し上げておりますでしょう?勝手にいなくなられては困ります、と。若はお小さくとも、この城の主なのです。黙っていなくなられては、皆が心配致します」
(っ…嘘だ…心配なんかするもんかっ…皆、本当は俺がいなくなればいいって思ってるんだ。家臣達も、っ…母上も……)
「……………」
「……若?」
黙ったままの信長の顔を、じっと覗き込む政秀。
その瞳は真から心配そうに揺れていて……自分の薄暗い気持ちを見透かされているかのような気まずさから、目を合わせられなくなった信長は、無意識のうちにすっと目を逸らしていた。
幼き主君のそんな様子に、ズキリと胸の奥が痛む心地がし、今すぐに抱き締めたい衝動に駆られる政秀だったが、さりとて幼くとも主君は主君、家臣の分を弁えねばならぬと、込み上げる想いをグッと堪えたのだった。
「若、以後は勝手なお振る舞いはお控え下され」
心の内の本心とは反対に、冷たいほどに淡々と告げる政秀に、信長は悲しげな顔で目を伏せた。
政秀としては、ツキリと胸が痛む思いがする。
(ああ…また若にこんな顔をさせてしまった…)
政秀にとって、この若君は、何を置いても優先せねばならぬ特別な存在だった。
織田家の嫡男
大殿、信秀様から傅役を命じられ、お預かりした大切な若君。
傅役として立派にお育てせねば、と思う。
父上や母上と別れ、たった一人で一城の主となったお寂しさは痛いほどに分かる。
抱き締めて差し上げたい。甘い言葉もかけて差し上げたい。
けれど……それは出来ない。
若君には強くなって欲しいから……
織田家の跡継ぎに相応しい立派な武将になって欲しいから……
疎まれると分かっていても、己を律し、厳しく接してきた。
それが、ひいては若君の為になると、そう信じて……
(吉法師様っ…貴方の為ならば、私はどんなことでも致しましょう。たとえこの身を地獄に投げ打ったとしても、私はそれを悔いることはないだろう。
柔らかくて小さなこの手を、私は決して離しはしない……)