第7章 生まれ日の意味
「若っ…吉法師様っ…何処に行かれた?」
(っ…この声は…じいか?)
信長は、隠れていた納戸の奥からひょっこりと顔を出す。
襖を開けて廊下へ顔を覗かせると、バタバタと大きな足音を立てて廊下を小走りでこちらに向かってくる、傅役の平手政秀の姿があった。
パッと目が合った瞬間、政秀の顔はくしゃりと歪む。
(あっ、しまった…見つかったか…)
「っ…若っ!」
政秀は大股でズンズン歩いてくると、襖をスパーンっと開け放ち、その場に仁王立ちして信長をキッと睨む仕草をする。
「若っ…お探ししましたぞ。こんなところで、何をなさっておられたのです?」
「……………」
「お姿が見えぬので、心配致しましたぞ。さぁ…手習いの時間ですから、一緒にお部屋へ戻りましょう」
「っ…う、ん……」
再び逃げられては一大事、と言うかのように、信長の小さな手をぎゅっと握り、迷いのない足取りで廊下を進む政秀。
その大きな背中を背後から見つめながら、信長は黙って政秀の後をついていく。
信長の手を握る政秀の大きな手は、ほんのりと温かかった。
包まれてる安心感に、信長は目元がかぁっと熱くなり、政秀に見られぬよう慌てて下を向いたのだった。
(じいは気付いただろうか……俺の目が赤く腫れていることに…頬が涙に濡れていたことに……)
信長は、納戸の奥で一人で泣いていたのだ。
誰にも見つからぬよう、声を殺し、ただ流れる雫を拭っていた。
城の奥深くのこの辺りは、ひと気もなく、通りかかる人も滅多にいない。
きっと誰も探しになど来ない…そう思っていたのに。
この真面目すぎる傅役は、信長がどこにいても必ず見つけだすようだ。