第1章 信長様の初めての子守り
お行儀よく、いただきますをして食べ始めた結華
小さな握り飯をパクッと頬張る姿が愛らしい
握り飯に次々と手を伸ばし、あっという間に平らげていく様子に、千鶴の懸念は取り越し苦労であったかと安心しかけたその時、それまで忙しなく動いていた口がピタリと止まっているのに気がつく。
「結華、どうした?もうお終いか?まだ残っているぞ?」
見ると、膳の上には、綺麗に平らげられた握り飯の皿と、全く手付かずのお菜の皿。
結華は、お菜の皿からプイッと顔を背けて、箸も既に置いてしまっている。
完全に『ごちそうさま』状態
「お菜も食べねば大きくなれぬぞ?」
「イヤっ!」
「煮物など、甘くて美味いぞ?」
「イヤっ!やぁ〜」
首をぶんぶん振って嫌がる結華。さて、どうしたものか……
秀吉らも、上座の俺と結華のやり取りを、心配そうに窺っている。
「……父が食べさせてやろう、口を開けよ」
「イヤっ!」
箸で摘んだ煮物を口元に運んでやると、ぶんぶんっと首を振って嫌がり、箸を押し除けようとする。その拍子に箸からこぼれ落ちた煮物が畳の上に転がっていった。
「「あっ!」」
「……………」
しんっと静まり返る広間の空気が気まずい。
秀吉がおろおろと俺と結華を見比べては、今にも駆け寄ってきそうな勢いで腰を浮かせているのが、視線の先に見える。
「……結華、ならばこの皿の中から一つだけ食べよ。一つでも食べられたら、昼餉は終いにして、庭に行って遊ぼうぞ」
「……うんっ!結華、これ、食べる!」
そう言うと自ら箸を取って、小皿の上の南瓜の煮物を掴み、口に入れる。
モグモグ、ゴクンっと食べ終えて、にこにこと誇らしげに顔を綻ばせている。
「ちちうえ、食べれた!」
「ああ、よくできたな…では終いにして、庭へ行くぞ」
「あいっ!」
武将達が、ことの次第についていけず、呆然としているうちに、結華と手を繋いで広間を出た。
「おい、見たか、信長様のあの穏やかな顔…俺はてっきりお怒りになるかと思ったぞ」
「俺もだ、政宗…お止めせねばと焦ったが…お子にあのように優しく諭されるとは、御館様は変わられたな…」
「庭に行くって言ってましたけど…秀吉さん、あの人、一人で子守りなんてできるんですか??」
「こっそり様子を窺うか、秀吉?」
「光秀、お前…何か楽しそうだな…」