第6章 羽黒
「ここでは空が遠い。貴様の死に場所には似合わん………これを連れて帰る。城に戻り次第、医者に見せられるよう手配しておけ」
「はっ、畏まりました」
こうして主殿は、私を自分の城へと連れて帰り、私の傷を癒してくれたのだった。
城へ連れて来られ、傷の手当てを受けた日から、主殿は毎日のように私の様子を見に来た。
主殿は、触れるでもなく、声を掛けるわけでもなく、ただ黙って私を見つめるのだ……その孤独を秘めた深紅の瞳で。
最初は私も警戒心を隠さなかった。
主殿が来るたびに威嚇の姿勢を取ったものだが、そんなことは全く気にしていない様子だった。
主殿は、城内に私のための寝床を用意してくれたが、決して私を束縛することなく、自由に外へ飛び立つことを許していた。
私は野生の生まれ、誰からも縛られぬまま生きてきたゆえ、思うまま自由に空を飛び回ることは当たり前のことと思っているが、それは、人に飼われた鷹では有り得ないことであるようだった。
主殿の瞳は、出会った時から変わらず冷たいままだった。
私に向けられる瞳は、優しいけれど、どこか悲しく、孤独を感じさせるものだった。
(ああ…主殿は私と同じなのだ。生まれた時から一人で生きていかねばならなかった人なのだ)
助けられた恩義に尊敬の念が混じるのには、さほどの時間は掛からなかった。
「信長様〜っ!」
(ん?)
狩りに向かうため、今一度、主殿の頭上を旋回していると、主殿の名を呼ぶ愛らしい声が聞こえた。
見ると、主殿のもとへ駆け寄り、親しげに話をする美しい女の姿が目に入った。
(あれは……朱里)
朱里は主殿の連れ合いだ。
冷たく凍てついた主殿の瞳を、暖かく溶かした、唯一の者。
朱里と共にある時の主殿は、この上なく満たされたような顔をする。
朱里を見つめる主殿は、見たこともないような穏やかな顔で微笑むのだ。
朱里は、心の優しい娘だ。
私が狩りをして他の生き物を傷つけることを、心の内では憂いている。
私が大空を自由に飛び回る姿を見るのが好きだ、とキラキラした目で言うのだ。
純粋で美しい
朱里は主殿と何事か語らった後、ニッコリと微笑んで、また野へと駆けていく。
その足取りは軽く、愉しげなものだった。
(……ああ…朱里は、今日は傷を癒すのに使う草を探しているのだったか……)