第6章 羽黒
「今日は、貴様の思うままに狩りをしてくるがいい。
行け、羽黒っ!」
(承知っ…!)
低く重厚な口調で語りかけると、主(あるじ)殿は私を乗せた腕を、天に向けて高く振り上げた。
バサリと大きく羽を広げて、主殿の逞しく引き締まった腕から、勢いよく飛び立った私は、そのまま空高く舞い上がる。
『ピイィィーーー』
何者の手も届かぬ空の高い位置まで一気に上がると、いつものように主殿の頭上をくるりと旋回してみせる。
主殿との狩りではお約束になっているこの動作も、かつては傷の治りを主殿に見せるために行っていたものだった。
空の上から見下ろした主殿は、口元に穏やかな笑みを浮かべながら、至極満足そうな視線を私に向けるのだ。
(このような穏やかな顔の主殿を見られる日が来ようとは、思いも寄らなかった。初めて出会った頃の主殿は、冷たく凍った水面のような瞳をしていたものだが……)
主殿と私が出会ったのは、深い森の中だった。
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「………翼に傷がある……手負いの鷹か…」
(これは…人間の雄か……このような深い森の奥まで、一体何の用だ。手負いの獣と私を侮っているのか…このようなところで果てるつもりはないが、侮られたままで終わる私ではない。私を嘲笑うならば、その顔、最期に歪ませてやるっ)
鋭い目でギロリと睨みつけるように威嚇すると、男の背後に控えていた数名の人間が慌てたように身じろいだ。
「お、御館様っ…お下がり下さいっ…手負いのものは危険です」
男は、声をかけた者を、氷のように冷たい目で見据えながら、獰猛な口調で咆える。
「この俺が、たかが手負いの鷹ごときに遅れを取ると…?」
「っ…ひいっっ、失礼致しましたっ…お、お許しを…」
男の鋭い恫喝に、周りの者は、皆一様に恐れ慄いてるようだった。
(ほぅ…この雄は、随分と周りの人間に恐れられているようだ。
この、当然のように人に頭を下げさせる威圧感…この雄は、人間の世界の王なのか……
それに、この冷たく凍った水面のような瞳……このような瞳を、私は知っている。
これは…孤独を知り、孤独に生きる者の瞳だ……私と同じ)
男は一言も発せず、何事か思案するようにじっと私を見つめる。
私もまた、一分の隙も見せぬように、男の視線から目を逸らさずに威嚇の態勢を取る。