第5章 信長の初恋
「若っ…泣いてはなりませぬ」
「俺のせいだっ…俺の…俺が菜津を殺したんだ…っ…俺のせいでっ…俺が弱いからっ…」
「若っ!」
激しく恫喝するような政秀の声に、信長はびくりと身体を震わせる。
冷たくなっていく菜津の身体を抱き締めたまま、恐る恐る顔を上げて政秀を見ると、そこには、怒ったような声とは反対の、穏やかな顔をした政秀がいた。
「じい…?」
「三郎様…貴方のせいで菜津は命を落とした…それが事実です。
貴方は弱い、大事な者を守れないほどに。
だが…貴方は強くなれる、これからもっともっと……
ご自分の弱さを自覚なさい。そうすれば、貴方はきっと強くなれる」
「っ…でもっ…菜津はもう…戻ってこない…」
「ええ、そうです。死んだ者は二度と戻らない。失ったものは二度と取り返せないのです。
命はそれほどに尊いものなのですよ、若。
菜津の命 尾張の民の命 みな同じです。
大切なものを二度と失わぬよう、若は強くならねばならないのです」
「っ…じい…」
グッと唇を噛み締めて、涙を堪える。
泣いたって仕方がないのだ。泣いたって、菜津は戻ってこない。
泣いたって………
ならば……前を向くしかない。
前だけ向いて、進むしかないじゃないか。
信長は、キッと前を見据えて歯を食い縛ると、頬を濡らす涙をぐいっと乱暴に拭った。
先程まで弱々しく頼りなげに揺れていた瞳は、そこにはもうなかった。
燃えるような深紅の瞳
濁りのない、生きる力が漲る瞳がそこにはあった
「じい…帰るぞ」
「はっ!」
強くなる…誰よりも強く
二度と泣かなくて済むように
大切な者たちが穏やかに暮らせる世をつくる
罪なき者たちが命を失わなくて済むように
俺は、誰よりも強くなってみせる