第5章 信長の初恋
信長の傍へと、疾風の如く駆け寄った政秀は、刀を一閃させて敵を斬り伏せる。
続けざまに襲い来る刃にも怯むことなく、一人また一人と、地に伏せていく。
やがて、敵を全て切り捨てた政秀は、信長の傍へと走り寄る。
「若っ…怪我は、ございませぬか?」
「あぁ…大事ない。助かったぞ、じい。こやつらは、どこの刺客だ?」
「くっ…兄上、信広様と組んだ美濃の者かと…」
「信広兄上か…ふっ…余程、俺が邪魔だとみえる。美濃と組むなど…父上が知れば、どうなるか…」
不敵に笑って見せながらも、信長の目は暗く悲しみの色を呈していた。
(腹違いとはいえ兄に殺されかけるとは、若にはお辛いか…)
信長の心情を慮って心を痛めていた政秀は、気付かなかった……刺客がもう一人残っていたことに……
「っ…三郎様っ、危ないっ!」
信長がはっと振り向いた時には……
両手を広げ、信長を庇うようにして立つ菜津に向かって、ギラリと光る刃が振り下ろされて……
「っ…菜津っ!」
パッと上がった血飛沫
目の前で崩れ落ちる菜津の身体
政秀が刺客を斬り捨てる音
信長は目の前の光景が俄かには信じられなかった。
力なく崩れ落ちた菜津の身体を両手で掻き抱いたまま、呆然と地に座り込む。
血がドクドクと流れ出る 赤い赤い血
それとは反対に、血の気が失せて見る見るうちに青白くなっていく菜津の顔
菜津が…死んでしまう
そう認識した瞬間、信長は泣き叫んでいた。
「菜津っ、菜津っ…しっかりしろっ、大丈夫だ…俺が助けてやるっ…だから、死ぬなっ…俺を置いて行くな…」
「っ…三郎様っ…よかった…ご無事で…」
信長の無事を確かめるように、その頬へと震えながら伸ばされた手は、力なく崩れ落ちて届くことはなかった。
「菜津っ…何でっ…何でお前が死ななくちゃいけないんだ…何でっ…」
菜津の身体を抱き締めて、信長は狂ったように泣き叫ぶ。
身体の中の水分がなくなってしまうのではないかというほどに、次から次に止めどなく涙が溢れて止まらなかった。