第5章 信長の初恋
信長と菜津が互いの想いを深め合う一方、尾張国内の情勢は不穏な様相を呈し始めていた。
なかでも、信長の庶兄の信広は、美濃と秘かに通じていて信長の廃嫡を画策している、という噂があった。
(大殿は厳しくはあるが、三郎様の才を見抜いておられる。廃嫡などなさるはずがない。だが、そうなると……強硬手段に出てくるやも知れん)
『 刺客 暗殺 』
乱世では、身内の裏切りなど日常茶飯事。いつどこで刺客に襲われてもおかしくはない。
城内でも油断はできない…ましてや城の外など論外……
(だというのにっ、若はまったく…)
「若っ…、三郎様っ、どこにおられる?」
今日も朝餉の後、姿が見えなくなった信長を探して、政秀は廊下を走っていた。
ところが、城内くまなく探したが、皆目見当たらないのだ。
今日は、菜津も姿が見えなかった。
(っ…まさか二人で逢瀬にでも…)
最近の二人は急速に仲を深めているようで、政秀はいいようのない危うさを感じていた。
菜津を嫁に、などと若が仰られたらどうしょう、と本気で心配している。
そんなことは、叶うはずもないのだ。
廊下を足早に歩きながら悶々と思い悩む政秀だったが、いきなりピタリと歩みを止める。
ゆっくりと庭の隅へと目線を動かした政秀の顔は、一瞬で百戦錬磨の武将の顔になっていた。
「………安祥城の信広様に不穏の動きあり。美濃からも刺客が複数放たれた、との知らせが…」
庭の隅に蹲る黒い影が、政秀にだけ聞こえるように告げる。
影は、政秀の使う草の者だった。
「っ…信広様、遂に動かれたか…。三郎様が危ないっ…急ぎ、三郎様の居所を突き止めよっ!」
「…………」
影はもう音もなく消えていた。
(くっ…若っ…どこにいらっしゃるのだ…頼むっ、間に合ってくれ…)