第5章 信長の初恋
「若様っ!」
大きな声で呼びかけて、川べりに向かって急いで駆け寄ると、菜津の声を聞きつけた信長はもう、川から上がろうとしていた。
下帯一つの格好で全身から水を滴らせる少年は、年齢以上に大人びていて、菜津は目のやり場に困ってしまう。
「わ、若様っ…お迎えに参りました。平手様が探していらっしゃいました…勉学のお時間だと…」
そっと手拭いを手渡しながら言うと、信長はそれを引ったくるようにして受け取ってから、嫌そうに言う。
「じいのやつ、菜津を迎えに寄越すとは考えたな…」
信長は、一緒にいた勝三郎たちに解散を告げると、さっさと着替え始めた。
菜津はそれをぼんやりと見ながら、額から流れ落ちる汗を手で拭う。陽射しの強い中、城から歩いてきて体温が上がったようで、ひどく暑かった。
「菜津、こっちに来い」
着替え終わった信長は川べりに佇んでいて、手招きをしている。
菜津が傍に寄ると、その場にしゃがみ込み、川の流れの中にチャポンっと足を浸した。
「菜津もやってみろ、冷たくて気持ちいいぞ」
自分の隣をぽんぽんと叩いて、座るように促すと、自分はもう川の中で足をパシャパシャと動かしている。
(気持ちよさそう……)
思い切って、着物の裾を少したくし上げると足先をそっと水の中に浸してみた。
「わっ、気持ちいいっ!冷たくて…」
「そ、そうだろ?」
裾をたくし上げた時にチラッと見えてしまった、菜津の真っ白いふくらはぎにドキドキしてしまい、信長は慌てて目を逸らす。
二人で他愛ない話をしながら、足先で川の水と戯れていると、楽しくて時間を忘れるようだった。
「………菜津…」
「はい?えっ…あっ…」
ーちゅっ
不意に肩を抱き寄せられて、信長の乾いた唇が、菜津の唇に重なった。触れるだけのぎこちない口づけは、すぐに離される。
「わか、さま…っ…」
「………名を、呼んでくれ、三郎と」
「っ…三郎様っ…」
「菜津っ…」
再び重なった二人の唇は、今度はなかなか離れずに、角度を変えては何度も重なり、名残を惜しむかのように互いを貪欲に求め合ったのだった。