第5章 信長の初恋
それからも信長の行状は改まらず、政秀の懇願を聞き流して城を抜け出しては、野山を駆け回って戦ごっこに明け暮れていた。
『尾張の大うつけ』の噂は近隣諸国にまで広がっていて、信長が織田家の家督を継ぐことに、あからさまに反対する家臣達も多く、大殿信秀に直接諫言する者まで出てくる始末だった。
政秀の言うことは一向に聞かない信長だったが、菜津の頼みは聞いてくれた。
菜津が城に来てから間もなく一年になろうとしていたが、信長は菜津には心を許し、菜津もまた、信長を憎からず想っているのが、周りの目から見ても明らかだった。
(若の気持ちは大事にして差し上げたいが…この恋は叶わぬ。
若はいずれ、どこかの大名の姫を娶らねばならん身だ。菜津とこれ以上深い関係になられねばよいが…)
政秀は心配だった。
信長は愛されることに慣れていない。
愛を捧ぐことにも不器用だし、愛されることにも不器用だ。
万が一、愛を失うようなことになれば、若の繊細な心は堪えられるだろうか……壊れてしまわないだろうか。
「菜津っ、若はどこだ?お姿が見えんが…」
信長の自室に行くと、そこには菜津が一人、部屋の掃除をしていた。
「あっ、平手様。若様はそのぅ…池田様と一緒に出かけられました。暑いから川で水練をしてくる、と仰って…」
申し訳なさそうに言う。
「なにっ、またか…勉学の時間だというのに困ったものだ。菜津、すまぬが、若を呼び戻しに行ってくれぬか?どこの川か、お前なら知っているだろう?」
「は、はい…でも、素直に戻られるかどうか…」
「……お前が頼めば、聞いてくださるだろう」
「っ……」
ぽっと顔を赤らめる無垢な姿を見て、都合よく利用しているようで心苦しいが…今の若を素直に動かせるのは菜津しかいないのだった。
城を出て真っ直ぐに進んでいくと、青々と草の生い茂る田んぼ道へと繋がっている。
照りつける太陽でカラカラに乾いた道を歩いて行くと、やがて水の流れる音が聞こえ、緩やかに流れる川が見えてくる。
川べりには数人の人影も見える。
(若様…いらっしゃるかしら…あっ!)
近づきながら目を凝らしていると、川の中からプクンッと茶筅髷が上がったのが目に入った。