第5章 信長の初恋
「わぁ…きれい…あの、これ…?」
キラキラと目を輝かせて信長と干菓子を交互に見つめる菜津の視線があまりにも眩しくて、信長は顔を背けながらボソッと答える。
「…母上がくれた。お前にやる」
「ええっ?ダメです、そんな大事なもの…せっかくの母上様からの頂き物、若様が召し上がって下さいっ!」
「俺は……いらない」
プイッと横を向いてしまった信長の不貞腐れた様子に、菜津は胸が痛かった。
この城で働き出してまだ数ヶ月だが、信長と父母との関係が普通の家族のそれとは違うことには何となく気が付いていて、母君に対して乱暴に振る舞い、悪態を吐く若様が、本当は誰よりも母を求めていることも知っていた。
「若様…では、一緒に食べて下さいますか?一人でこんなに食べては夕餉が食べれなくなってしまって、盗み食いをしたのかと、みんなに疑われてしまいますから」
「……菜津、お前…。っ…仕方がないな、お前がそんなに頼むんなら、一緒に食べてやっても…いい」
「ふふ…ありがとうございます」
縁側に並んで腰掛けて、庭を見ながら、二人で干菓子を分け合って食べる。
口に入れるとふわりと溶けて、ほんのりとした優しい甘さが舌の上に広がっていく。
対面の後、母上付きの侍女が渡してくれた懐紙包み。
京から取り寄せたらしい珍しい干菓子に目を見張ったが、それも母上が直接手渡してくれたのならどれほど嬉しかっただろうか……
母とは、結局また形式的な挨拶を交わしたのみであった。
家族など、血の繋がりなど、あてにならぬ冷え切った関係だ。
「若様…」
ぎゅっと唇を噛み締める俺の顔を、菜津が心配そうに覗き込んでいた。
「……菜津は一人で寂しくはないか?生き別れた姉に…逢いたいよな……」
「若様…私は今は少しも寂しくありませんよ。お城の皆様は優しくして下さいますし、侍女の仕事も楽しいです。それに、私には…姉様を探す手立てはありませんし。
このまま、若様のお傍でずっと…いられたら…」
「っ…菜津っ…」
焦って顔を傾けた拍子に、至近距離で覗き込んでいた菜津の頬に唇がすっと触れてしまった。
「っ…わっ…すまんっ…」
「い、いえ…すみません…」
信長は急に恥ずかしくなった自分を誤魔化そうと、干菓子をガバッと掴んで口に放り込む。
ボリボリと噛み砕く音が、脳内にやけに大きく響いていた。