第37章 貴方の傍で
一方、いつものように護衛も伴わずに城下へ下りた信長は一人ゆったりと大通りを歩いていた。
「信長様!珍しい品が入ったので見て行かれませんか?」
「うちにも寄っていって下さいよ!」
「もうすぐお誕生日ですね!おめでとうございます!」
城主の姿に気付いた者達から次々にかかる声に鷹揚に答えながら、時折足を止めては店先で店主と気軽に言葉を交わす信長の姿は、鬼だ魔王だと悪し様に噂される世間一般での印象とは程遠い。
「信長様、入用の物があれば遠慮なく仰って下さいよ。織田軍のためならいつでも無償でご用意しますから!」
「商人が武士に阿(おもね)るな。商いに利を求めぬなど近江商人の名が廃る。良い品ならばその方の言い値で買い取ってやろう」
「さすがは信長様だ。織田が天下を治めれば日ノ本は安泰だな!」
行き交う人々の表情は明るく、町は活気に満ち溢れている。
大通りには多くの店が軒を連ね、露店も彼方此方で開かれており、売り子達の賑やかな掛け声が至るところから聞こえてくる。
天下布武は道半ばであり、まだまだ争いは絶えないが、安土の民は信長の治世に揺るぎない信頼を寄せており、日々の暮らしに不安を抱いている様子は微塵も感じられなかった。
商いが盛んになれば国が豊かになり、民の暮らしも豊かになる。
海の向こうの国々の言葉や文化を学び、それらの良い所を積極的に取り入れて日ノ本を異国と渡り合える強く大きな国にする。
それが信長の目指すこの国の行く末だった。
(日ノ本のことが落ち着いた暁には、海を渡り異国の国々をこの目で見てみたい。新しきものにこの手で触れ、直に感じてみたい。この小さな島国の外にどのような景色が広がっているのか…興味が尽きぬ)