第37章 貴方の傍で
(新しいものに抵抗なく興味を示されるような好奇心旺盛なところ…姫様と信長様は似たところがおありなのかも。鬼だ魔王だと恐れられている非情な御方だと聞いていたから、姫様を大事にして下さるか心配だったけど…)
政の場での信長は苛烈で厳しく、家臣らにも一切甘い顔を見せない男ではあるが、朱里へ向ける眼差しは常に愛情深いものだった。
幼い頃から傍近くに仕え、母のような姉のような気持ちで見守ってきた姫が殿方と恋仲になり、やがては嫁ぐ日も来るかもしれないと思えば感慨深いものがある。
「千代?どうかしたの?」
物想いに耽ってしまい、つい足取りがゆっくりになっていたらしい。迷うことのない足取りで隣を歩いていた朱里が、今度は千代の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。信長様は物事にきちんと道理があれば無闇に怒ったりはなさらない方よ。千代は知らないかもしれないけど、本当はとても繊細でお優しい方なのよ。私の何でもない話にだっていつも面倒がらずに耳を傾けて下さるし…私が南蛮語を学びたいって言った時だってね、反対せずにきちんと聞いて下さったのよ。ちょっと言葉足らずでぶっきらぼうな物言いをなさる方だから皆が誤解するのも無理はないのだけど…」
千代がいまだ信長から叱責を受けることを恐れていると思った朱里は、安心させようとあれこれ言葉を尽くす。
その健気な様子が恋する乙女そのものといった感じで何とも微笑ましくて、千代は不謹慎にも思わず頬が緩むのを抑えられなかった。
「ふふっ…姫様ったら、それではまるで惚気のようですよ?」
「えっ?ええっ…そ、そんなつもりじゃ…私はただ、千代にも信長様のことを分かって欲しくて…本当に皆が言うほど恐ろしい方じゃないのよ?」
「分かっておりますよ。姫様が信長様を心底お慕いしておられることは。千代は姫様がお幸せなら、それでよいのです」
自分にとって信長は気難しく恐ろしい城主であり、いまだ親しみを覚えるには至っていない。
主の恋仲とはいえ、この先も気安く話ができるようになるとも思えなかった。
だが、朱里が信長の傍でこの先も幸せな日々を過ごせるのならそれでよいとも思うのだ。
(姫様がこの安土の地で思うままに過ごせるようにお支えしていくのが私の務めだから)