第37章 貴方の傍で
そうして私の独学での南蛮語の勉強が始まったのだが……
「えっと…これは…あっ、これかな…ん?あれ?でもちょっと形が…違うみたい…?」
字引きをあっちへこっちへと捲りながら物語の文字と同じものを探す作業は、森の中から一本の木を探すかの如く途方もなかった。
遅々として進まない作業に早くも挫けそうになるが、やると言ったからには簡単に諦めるわけにはいかなかった。
(そうは言っても、何かもっと分かりやすい方法はないものかしら。やっぱり独学じゃ無理なのかな。今からでも誰か教えてくれる人を探すべきなのかも)
異国と取引する商人や南蛮寺の宣教師など、南蛮語を教えてもらえそうな人を思い浮かべてみるが、どうにも気は進まない。
(皆それぞれ本業があって忙しいだろうし、こんなこと頼んで煩わせるのは気が引ける。急ぐものでもないし、気長にやるしかないか…)
「はぁぁ……」
「何だ?どうした?そんなデッカい溜め息吐いて」
盛大に溜め息を吐きながら机に突っ伏した時、いきなり勢いよく襖が開いた。慌てて顔を上げると、そこには政宗が立っていた。
「わぁ!も、もぅ!開ける時は声ぐらいかけてよ、政宗」
「ははっ、悪い悪い。お八つに饅頭蒸したから持って来てやったぞ。ん?それ何だ?」
ほかほかと美味しそうな湯気が上がる饅頭が乗った皿を手にしたまま、広がった机の上を政宗は不思議そうに覗き込む。
「こ、これはその…」
「へぇ…これ字引きか?お前が南蛮語の勉強してるって三成が言ってたが、本当だったんだな。で、順調なのか?」
「それが…思ったより進まなくて。この物語を自分で訳したいだけなんだけど」
見たこともない文字に悪戦苦闘していることを溜め息混じりに伝える。
「ふ〜ん、まぁ、独学じゃなかなか難しいかもな。というかお前、信長様に教えてもらえばいいだろうに」
「ええっ…ダメだよ!信長様はただでさえお忙しいんだから、そんなこと頼めないよ」
「お前の頼みなら二つ返事で聞いてくださるだろ?この安土で信長様ほどお前に適任の教え役はいないと思うが」
政宗は当然と言わんばかりの表情で言う。
「それは…信長様に教えてもらえるなら嬉しいけど…」
政宗の言葉につい心が揺らいでしまいそうになるが、流石にそれは甘え過ぎだとも思う。
(ダメダメ!自分で何とかしないと!)
