第37章 貴方の傍で
「南蛮語の字引きだ。簡単な会話なら字引きがなくとも支障はないが、書簡を読む時には必要なことも多くてな」
「信長様は異国の商人達と通訳なしに話されると聞きました。ご自身で覚えられたのですよね。私も…信長様のようになれるでしょうか?」
手渡された字引きをパラパラと捲ってみれば、そこには見たことのない暗号のようなものが一面に書かれていて、何のことやらさっぱり分からない。
どこから何を学んでいけばいいのか皆目見当が付かず、意気込んでいた気持ちが急速に萎んでいく気がした。
(これは思っていたよりも難解だわ。私ったら南蛮の言葉を覚えれば信長様のお役に立てるかも、なんて安易に考え過ぎていた)
「俺が南蛮語を覚えたのは、商人達と直接話ができれば取引がより円滑に進むと考えたからだ。いちいち通訳を介していては無駄に時もかかり、こちらの思うところが相手に上手く伝わらず、要らぬ誤解を生じることもある。商いや交渉事では互いの思うところを明確にしておかねばならんからな」
「なるほど…」
「それならば、人に頼らず自ら習得すれば効率が良いと思ったまでだ。目指す目的があれば学ぶ意欲も自ずと高まり、習熟も早くなる」
「さ、さすが…」
(信長様はやっぱり凄いな。志が高くて、決めたことは必ずやり遂げられる意思の強さをお持ちの方。私も見習わなくては…)
初めから怖気付いていたら何も始まらない。何事もまずはやってみなくては分からないのだから、踏み出す勇気を持たなくては。
「信長様、私も頑張ってみます。異国の物語、自分で読んでみたいですから」
「ふっ…貴様ならそう言うと思った。せいぜい励むがよい」
「はいっ!」