第37章 貴方の傍で
その後、城へ戻った私は、三成くんから聞いた異国の字引きを探すため書庫へとやって来ていた。
「う〜ん、どれだろう?これは…違うみたい。これも…字引きじゃないか」
教えてもらった場所を探してみるが、それらしいものが見当たらず広い書庫の中でキョロキョロと視線を巡らせる。
「三成くんに教えてもらったのはこの辺りなんだけど…」
安土城の書庫はかなり広いが、分類ごとに整理されていて分かりやすくなっているはずだ。それなのに目当てのものは見つからない。
本の特徴などが分かっていれば探しやすかったのかもしれないが、生憎と詳しいことは聞いていなかった。
三成くんにもう一度聞いてから出直そうかと諦めかけたその時、入り口の戸がカラリと開く音がした。
「……朱里?」
「えっ?あっ…信長様?」
書庫の入り口には、信長様が書物を数冊手にして立っていた。
「また来ていたのか?熱心なことだな」
「ちょっと探しているものがあって…信長様はお仕事ですか?」
「あぁ、入用があって持ち出していた書物を戻しに来たのだが…貴様は何を探しておったのだ?」
「あ、私は…実は南蛮の言葉を学ぼうと思ってるんです。三成くんに字引きがあると聞いたので探しているのですが見当たらなくて」
「南蛮の言葉を?何故にまたそのようなことを…?」
私の返答が予想外だったのか、信長様は少し戸惑ったように眉根を寄せる。
私は城下の書物屋で見つけた物語の話をして、自分でそれを読んでみたいのだという思いを信長様に伝えた。
「はっ…貴様はやはり変わっているな」
(普通なら、読めぬと分かった時点でさっさと諦めるか、分かる者に訳すよう命じるか、どちらかだろう。だが、此奴は諦めるでも人に頼るでもなく、自分で何とかしようと考えるらしい。誠に面白い女子だ)
「か、変わってるって…ひどいです!」
「くくっ…そんなにむくれた顔をするな。褒め言葉だぞ?さてさて、貴様の探しているものは、これであろうか?」
愉しげに笑い声を溢しながら、信長様は手に持っていた書物のうちから一冊を私の方へと向ける。
「えっ、これは…?」