第37章 貴方の傍で
「朱里様?」
「…あっ…」
本を手にしたまま、ぼんやりとしていたらしい。
先程まで店主さんと熱心に話をしていた三成くんがいつの間にか傍へ来ていて、私の顔を覗き込んでいた。
目が合うと柔らかな笑みを向けられる。
「その本が気に入られましたか?」
「えっ…あっ、そういうわけじゃなくてこれは…」
三成くんの問いかけに、何気なく手に取っていた本を慌てて元に戻そうとして思わず目を見張る。それは描き込まれた絵画のように美しい装丁の本だった。
「わっ…綺麗な絵」
「ほぅ…これは異国の物語のようですね。表紙絵がとても美しくて目を惹きますね。あぁ、ですが残念ながらこれは読めませんね」
美しい表紙に目を奪われながら、パラパラと貢を捲る三成くんの手元を覗くと、その本はいくつか挿絵があるものの、中身は全て異国の文字で書かれた物語だった。
「本当だ。これ、南蛮の国の文字かな?もう少し絵が多ければ話の内容もそれとなく分かるのにね」
子供向けの絵草紙のようなものなら文字が読めなくても絵だけ見て楽しむこともできそうだが、これは絵草紙よりも割としっかりした読み物のようで、見たところ文字数も多かった。
「絵が綺麗だから読んでみたかったけど、残念だね」
「そうですね。これは私にも難しいですね。信長様なら南蛮の文字もお分かりになるかもしれませんが…」
「えっ!そうなの?」
さらりと呟かれた三成くんの言葉に驚いて顔を上げると、三成くんは本に書かれた文字を指先で優雅になぞりながら笑みを浮かべていた。
「信長様は異国の商人と直接やり取りされることも多いですから、簡単な会話でしたら通訳を介さずにされていますよ。確か城の書庫には異国の字引きも置いてあったように思います」
「そうなんだ。異国の言葉が話せるなんて、信長様はやっぱり凄い方なんだね。あっ、でも、その字引きを使って日ノ本の言葉に訳すことができれば、私でもこの本を読めるかもしれないってことだよね?」
学ぶことは嫌いではない。
異国の言葉が分かるようになれば、未知の新しいことがもっと分かるようになるだろうし、それが信長様のお役に立つことに繋がるかもしれない。
「ご自分で訳されるのですか?朱里様は本当に勉強熱心でいらっしゃいますね」
「できるかどうかは分からないけど、異国の文化に触れられる良い機会だからやってみたいの」
