第5章 信長の初恋
信長が助けた行き倒れの少女は、名を『菜津」と名乗った。
尾張と美濃の国境近くの村の出で、先の美濃との戦で村は焼かれ、父は足軽として出陣し、討ち死にした。
母親を早くに病で亡くしていた為、村で一緒に暮らしていた姉がいたが、焼き討ちの混乱の最中で生き別れたのだと言う。
行くあてもなく、食べる物にも困り、入水を図りかけたが、そこで意識を失ったらしい。
菜津は、自分の身の上をぽつりぽつりと小さな声で話し終わると、信長と政秀の前で、身を縮めるようにして小さくなった。
「菜津、行くあてがないなら、女中としてこの城で働いたらどうだ?
じい、構わないだろう?」
「は、あ、いや、それは、しかし…」
(素性のはっきりしない者を、若のお傍近くに置くなど…)
「じい、俺はこの城の城主だぞ。城主の決めたことに、反対するのか?」
「ぐっ……」
「……菜津は?どうしたい?嫌なら、そう言えばいい」
「私は…置いて頂けるのでしたら、何でもします。よろしくお願いします」
ペコンと頭を下げる姿は、年相応の少女であり、こんな年端もいかない娘が入水を図ろうとまで思い詰めたのかと思うと、政秀も不憫でならなかった。
次の日から、菜津は女中として那古野城で働くことになった。
姉と二人で暮らしていたというだけあって、菜津は炊事や洗濯、掃除など、ひと通りのことは上手にこなし、気立ての良い性格で、すぐに城の者達にも受け入れられていった。
信長もまた、年の近い菜津とは打ち解けやすかったらしく、城にいる日は必ず菜津と話をするようになり、いつしか菜津は信長付きの侍女のようになっていた。
「菜津、俺は出かける、後は頼んだぞ」
湯帷子を着崩したいつもの格好で、庭へと飛び出していこうとする信長を、菜津は慌てて引き止める。
「ま、待って下さいっ、若様っ!今日は、末森から父上様と母上様がお越しになる日ですよ。平手様が、『絶対に若を城から出すな』と仰っていました。ど、どうかっ、行かないで下さいませっ」
「悪いな、菜津。じいには上手く言っておいてくれ」
「そ、そんな…私、叱られてしまいます……」
「っ………」
菜津の、今にも泣き出しそうな顔を見てしまい、信長は一瞬、躊躇ったように足を止めた。
「な、菜津っ…」
菜津に手を伸ばし、その頭に触れようとすると……