第5章 信長の初恋
ああ…この御方のどこがうつけであろうか。
鋭い洞察力に人を惹きつける物言い
物事の核心を突く言動
この年でも、政の何たるかを理解しておられる
つい先頃、初陣を果たした折にも、物怖じしない堂々たるお振る舞いであった。
(儂や恒興など心を許された者にしか、真の姿をお見せにならない。それ故に、若をうつけと侮る者達には油断が生じる。
この御方は……真に人の上に立つべきお人じゃ)
「じい?呆けた顔をしておるな。ふふっ…もう耄碌したのか?」
「なっ、何を言われる…爺はまだまだ若には負けませんぞっ!」
「ふっ…では、城まで競走じゃ!」
言うが早いか、信長は風のように早く丘を駆け降りていき、あっという間に馬上の人になっていた。
はっ、という掛け声と共に馬にひと鞭当てると、あとはもう疾風の如くで、その姿はたちまちのうちに見えなくなっていった。
「わ、若っ…お待ち下されっ!」
またもや置いていかれてしまった。
悔しいかな、もう若の早駆けには追いつけないだろう。
それでも、大事な若君を一人で駆けさせるわけにはいかぬ、との思いは強く、政秀も必死に馬を駆けさせて、信長の後を追った。
(はぁ、はぁ…やはり若には追いつけぬか…若の言うとおり、儂も耄碌したのか……………ん?あれは……若?)
見ると、前方の川のほとりに馬を止め、河原に佇む人影がある。
(若……あのようなところで何をして…)
「じいっ!こっちだ!」
政秀の姿を見つけた信長は、片手を上げて合図をする。
「っ…三郎様っ、何をなさって…っ…これは…」
傍近くに寄ってみると、信長の足元に人が倒れているではないか。
見れば、年若い女人のようだ。
(若と同じぐらいの年の頃のようだが……行き倒れか…?)
気の毒に、と手を合わせかけた政秀に、
「じい、待て、まだ息がある。城に連れて帰る、手伝え」
「なっ、いけませんっ、若。素性の分からぬ行き倒れの女など…美濃の人間やもしれませんぞ?危のうございますっ!」
「まだ生きているのだ、見捨てることなどできん。
じい、俺の命が聞けぬのか?」
鋭く睨みつける深紅の瞳に圧倒されて、政秀はそれ以上反対することもできず、信長と共に、その行き倒れの少女を城へと連れ帰ったのだった。