第35章 昼想夜夢
信長が城で一人、悶々と時を過ごしていた頃、朱里は別邸で過ごす子供達のお世話で忙しくしていた。
下働きの女中に混じり、子供達の三度の食事の支度や手習いの指導をしたりと、忙しいながらも充実した一日一日を過ごしていた。
(この辺りは自然も多いし、お城の中にいる時よりも時間がゆっくりと流れているように感じるわ)
城の中での武家の生活を窮屈だと感じたことはなかったが、比べてみればやはりこちらでの生活に開放感を感じてしまうのは否めなかった。
結華や吉法師も学問所の子供達とすっかり打ち解けて、同じ年頃の者と寝食を共にしながら一緒に勉強や遊びに興じる日々に新しい楽しみを覚えているようだった。
「朱里、大丈夫か?疲れてないか?」
厨で夕餉の準備をしていると、秀吉さんが気遣って声を掛けてくれる。
「大丈夫だよ、秀吉さん。これぐらいで疲れたりしないよ。わぁ…それ、どうしたの?」
秀吉さんは両手に丸々とした大きな西瓜を抱えていた。
「近くの村から仕入れて来た。夕餉の後で子供達に西瓜割りさせてやろうと思ってな。裏の井戸で冷やしておくよ」
「ありがとう!子供達、きっと喜ぶよ」
暑い日が続いているから、よく冷えた甘い西瓜は子供達にとって最高のご馳走だろう。
子供達の嬉しそうな顔が思い浮かび、自然と顔が綻ぶ。
昨日の夕餉の後は手持ち花火をしたが、皆、本当に楽しそうだった。花火に照らされた子供達の弾けるような笑顔が忘れられない。
大人も子供も、生まれや身分の違いもなく、誰もが一緒になって同じ時間を楽しむことができた。
日頃はできない体験の数々に、来てよかったと改めて思う。
(思い切って信長様にお願いしてよかった。快く送り出して下さった上に、子供達のために色々と手配もして下さったし。帰ったらなんとお礼を言おうかしら…)
楽しい時間を過ごしていても、信長のことを考えると何とも言えない寂しさを感じてしまう。
この時間を共に過ごせたら、どれほどよかっただろうかと。
信長様は今、どうしていらっしゃるだろう?
夕餉はもう済まされたかしら?
夜はゆっくりお休みになられているだろうか?
ほんの数日離れているだけなのに、気になって仕方がない。
(昼も夜も…気がつけば貴方のことばかり考えてしまう…)