第35章 昼想夜夢
どうしたのだろうと思っているうちに、太一くんは松の木にしがみつき、するすると登り始めた。
「えっ!?た、太一くん?危ないよ!!」
「しーっ!朱里様、静かにしてて」
驚いて大きな声を上げたのを小声で嗜められてしまい、思わず口を押さえる。
「むむっ…」
隣で吉法師が真似をして小さな両の手で口を押さえている。
(わぁ、吉法師が可愛いっ…て、今はそれどころじゃない!)
慌てる私を後目に太一くんは器用に上へ上へと登っていく。
危なげない動きで軽々と登っていく太一くんを吉法師はキラキラと目を輝かせて見つめている。
私達が息を詰めて凝視する中、太一くんはあっという間に鳴いているセミのところまで辿り着くと、そっと手を伸ばして上手にセミを捕まえ、悠々と降りて来たのだった。
そうして、バタバタと羽を震わせるセミを摘んだ手をずいっと吉法師の方へと伸ばす。
「ん…」
「!? セミさん!にいちゃ、とってくれてありがと!」
嬉しそうにぱぁっと顔を綻ばせた吉法師は、太一くんの手の内で暴れるセミを興味津々で覗き込む。
「太一くん、ありがとう。木登り、上手なんだね」
「にいちゃ、すごいねぇ…」
太一くんを尊敬の眼差しで見つめる吉法師の目は純粋そのものである。
「別に…木登りぐらい誰でもできるし、大したことない」
「ふふ…」
ぶっきらぼうに答えながら、幼な子から向けられる憧れの眼差しに照れ臭そうに目線を逸らす姿が微笑ましい。
幼いながらに負けん気の強い吉法師だが、あっという間にセミを捕まえてくれた太一くんは一瞬にして憧れの存在になったようだ。
(吉法師はまだ小さいから、一緒に連れて来るのはどうかと心配だったのだけど…こうして年上の子供達と接することで得られることも多そうだし、お城の中ではできない経験をさせてあげられる良い機会になるかもしれない。心配ばかりしていないで何事もやってみないと分からないものね)
暑い夏のひと時だが、この経験が子供達の成長の一助になればいい。
すっかり打ち解けた様子の太一くんと吉法師を見て温かい気持ちになりながら、そんな風に思うのだった。