第35章 昼想夜夢
様々に思うことはあれど、子供達にとっては親許を離れて日常とは違う環境で子供同士で交流できる良い機会だ。勉学に励むことは勿論だが、この機会にしかできない経験をさせてあげたいと思う。
「秀吉さん、忙しいのに手伝わせてごめんね」
別邸に着き、持ってきた荷物を馬の背から下ろしてくれている秀吉さんに声をかける。
朝早くに出発し、まだ日も高くなっていないというのに、既に夏の暑さは大きくなる蝉の声とともにじりじりと増してきていた。
額に浮く汗を拭いながら、秀吉は真夏の太陽にも負けないような眩しい笑顔を見せる。
「なーに言ってんだ?俺にそんな遠慮しなくていいぞ。子供達に楽しい経験、いっぱいさせてやろうな!」
秀吉は信長から同行の命を受けると事前の準備やら何やらも率先して手伝ってくれた。
兄弟が多かったという秀吉は子供の扱いにも慣れていて、学問所の子供達もすぐに打ち解けてくれたようだ。
今も秀吉の周りを取り囲んで、何か手伝おうとしている様子が微笑ましい。
「おいおい、お前ら、あんまり馬に近付くと危ないぞ。よしよし、皆でこれ運んでくれるか?」
「はーい!」
馬の周りに群がる子供らをさりげなく遠ざけながらお手伝いをお願いする手際の良さが頼もしい。
(秀吉さんが同行してくれてよかったな。学問所の師範の方と私だけではこうはいかないよね、きっと)
到着早々、自由に動き回る吉法師に翻弄されて思ったように動けないでいた私は胸の内で密かに安堵する。
「奥方様、秀吉様、お茶が入りましたので、中へどうぞ」
「ありがとう、千鶴。貴女も一緒に来てくれて助かるわ」
此度、信長は結華の乳母である千鶴にも同行を命じていた。
結華は帯解きも済んだ年頃で、元々しっかりした子なので手が掛かるわけではないが、その分やんちゃな吉法師に振り回されるので、千鶴が来てくれるのは正直ありがたかった。
(結華は姉らしく吉法師の面倒も見てくれるけど、こういう子供達がたくさん集まる場にはやっぱり大人の目は多い方がいい。とはいえ秀吉さんと千鶴にもゆっくりできる時間を作ってあげないとね…)
秀吉と千鶴は恋仲同士だが、日頃は互いに城勤めの身ということもあって二人きりで過ごす時間も少ないようなのだ。
二人ともに忠義心が厚く、主を第一に考える性質(たち)なので自分達のことは後回しにしがちなのだった。