第35章 昼想夜夢
(まぁ、秀吉なら俺も余計な心配をせずに済む。秀吉には千鶴という恋仲の相手がおるし、彼奴は朱里を実の妹のように思っているからな。武将達の中で結華と吉法師が一番懐いておるのも秀吉だ。その間、俺は奴の叱言を聞かずに済むし、まさに一石二鳥とはこのことだ)
不安げな表情の朱里とは反対に、信長は満足げな笑みさえ浮かべている。
(う〜ん…珍しくあっさり外出を許して下さったけど…一体どういう心境の変化だろう?先日の京行きではひどく反対なさったのに)
先頃、慶次のお師匠様に請われて連歌会に参加するために結華も連れて京へ行ったのだが、その時は信長がひどく反対し、一時は気まずい雰囲気にもなったのだ。
当然、今回も反対されるだろうと思い、無理を承知で願い出てみたのだが、予想に反して信長の機嫌は最初から良かった。
今回は場所が領内の別邸で信長の目の届く範囲と言えなくもないが、それでも子供達を連れての泊まりがけでの外出をあっさり許してくれるとは思わなかった。
基本的に信長は朱里が一人で外出することを許さない。
城下であっても自分と一緒でなければ認めないし、どうしても同行が難しい場合は信頼の置ける家臣を護衛に付ける徹底ぶりだった。
学問所への行き帰りはさすがに護衛に任せるが、時間が許せば視察と称して自ら同行することもあった。
それ故に、『信長は天女のように美しい正室を溺愛し、城の奥深くに隠して表に出さない』などという極端な噂が実しやかに囁かれているという。
ただ、朱里自身はそのような状況を不自由に感じたことはなく、信長と二人で城下へ逢瀬に出られる機会を楽しみにしていたし、はたから見れば極端にも見える信長の束縛を窮屈だとも思っていなかった。
そうは言っても、急に寛容になられるとそれはそれで戸惑ってしまうもので……
(自分が同行するとも仰らなかったし…大丈夫かな?子供達まで連れて行ったら信長様が一人になってしまうけど…って、子供じゃないんだからそんな心配するな、って呆れられるかしら?あぁ…もぅ、色々考え過ぎてどうすればいいか分からない)
信長一人を置いて出掛けることに何とも言えない罪悪感を感じてしまい、外出を許されても素直に喜べなかった。