第35章 昼想夜夢
夏の暑さも日に日に厳しくなる文月の頃
「あの、信長様、本当によろしいのですか?私、やっぱり…」
「くどいぞ、朱里。何度同じことを言わせるつもりだ?」
「で、でも…やっぱり私一人のためにそこまでしていただくのは申し訳ないですし…」
「貴様一人のためではない。結華と吉法師のためでもある」
「それは…そうなんですけど…それだけじゃなくて…それよりも私が心配なのは信長様のことで…」
「貴様に心配されるようなことなどない。俺を何だと思っている?」
「ええっ…そ、そういう意味じゃありません!」
夜になっても一向に暑さが収まらない中、先程から続いている二人の言い合いも互いに譲らぬまま堂々巡りが続いていた。
事の発端は、朱里が世話をしている大坂城下の学問所が夏の間泊まりがけで学習会を開こうということになったことだった。
学習会といっても学問ばかりではなく、日頃頑張っている子供達の息抜きにと遊びの予定なども入れて、皆で暑い夏を乗り切ろうという趣旨のものだった。期間は五日ほどで、領内にある信長の別邸を使い、その間は朱里も泊まりがけで手伝いをすることになった。結華もまた顔見知りになった学問所の子供達に請われて参加することになり、母と姉が揃って出掛けることを知った吉法師が『自分も行く』と駄々を捏ね、半ば無理矢理ついて来ることになり…結局、信長を残して家族三人が参加することになったのだった。
「俺がよいと言っているのだ。遠慮などせず行けばよい」
「そう言っていただけるのは嬉しいですけど、私達三人とも出掛ける上に、秀吉さんにも手伝いについて来てもらうなんて申し訳ないです。ただでさえ忙しいのに」
「手伝いもそうだが、貴様と子供らの護衛も兼ねてのことだ。秀吉なら適任だろう」
領内とはいえ最愛の妻と子を泊まりがけで外出させるのを信長が許すなど異例のことだ。
当然自分もついて行くと言い出しかねないところだが、さすがにそれは親許から離れてひと夏の経験を積もうという学問所の子供達の手前憚られたし、城主が五日も城を留守にしては政務が滞ると秀吉から苦言を呈せられたので、渋々ながら断念し、代わりに秀吉を護衛として同行させることにしたのだ。