第34章 依依恋々
連歌会を滞りなく終え、私達はその後数日の滞在を経てから大坂へと戻った。
「信長様、只今戻りました。数日の間、勝手を致しましたこと、誠に申し訳ございませんでした。我が儘を聞いて下さり、ありがとうございました」
京から戻ったその日の夜、私は改めて信長様にお礼を伝えた。
当初は連歌会を終えた翌日には京を立つ心算であったが、華やかな京をすっかり気に入ってしまった結華が名残惜しそうにしたこともあって急遽、滞在を数日伸ばしたのだった。
「…ああ」
湯浴み後、書簡に目を通していた信長様は私の言葉に短く返事を返したのみだった。
(やっぱりまだ怒っていらっしゃるのかな。すぐに帰るって言ったのに、約束守れなかったし…ん?信長様、何だか少し疲れていらっしゃるような…)
数日ぶりに見る信長様の表情には珍しく疲れの色が窺えた。
夜ということもありそれは傍目には分からないぐらいの微かな違和感だったが、目の前の信長様は表情を特段変えることなく書簡に視線を落としている。
「…あの、信長様?」
「……何だ?」
呼びかけても手元の書簡から視線を上げてくれない信長様に気後れしながらも、思い切って聞いてみる。
「お忙しかったですか?京へ出立する日も視察に出られていましたし、この時間までお仕事されているなんて…お疲れなのではございませんか?」
常に多忙な信長様だが、私がいない間、疲れが顔に出てしまうほどに忙しかったのかと思うと、自分だけ物見遊山気分で出掛けていたことが申し訳なく思える。
「別に…特別なことはない。忙しいのはいつものことだ」
「でも、お顔の色が…」
心配する気持ちが先立って思わず無意識に手を伸ばし、書簡を持つ信長様の手に触れていた。
「っつ……」
触れた指先が驚いたようにぴくっと身動いだが、さすがに書簡を取り落とすようなことはなさらない。
「くっ…貴様、何のつもりだ?」
「えっ…?」
(全く…此奴は無自覚過ぎる。容易く触れてきおって…数日とはいえ俺は貴様に触れられぬ渇きを我慢していたというのに。近くにいるのに近付けぬ…それがどれほど歯痒かったか…此奴には分かるまい。それにしても朱里に気取られるほど疲れが顔に出ているのか?些か強行軍ではあったが、戦時に比べればどうということはない。疲れている自覚はないが…)