第34章 依依恋々
連歌会は滞りなく済み、茶菓も供された和やかな雰囲気の中で互いに交流を深め合う。
「朱里様は源氏物語はどの巻がお好きですかな?」
しとしきり雑談が終わった後、慶次のお師匠様に尋ねられる。
「そうですねぇ…どの巻も趣があって華やかですので迷ってしまいます」
「ご存知のように源氏物語は五十四帖(巻)で構成されており、それぞれに巻名が付いているわけですが、巻名の多くはその巻で詠まれた歌の中にある言葉に由来しています。本日は巻名の元となっている歌を中心に講釈をしていきたいと思っておりますので、朱里様がお聞きになりたいお話があれば、と思いまして」
「そうなのですね。ありがとうございます」
源氏物語は、容姿、才能など全てを兼ね備えた貴公子「光源氏」の生涯と多くの女性達との恋模様、その息子「薫(かおる)」の成長を綴った長大な物語である。全体を通して仏教的な価値観が反映されており「自分が過去に犯した過ちは、巡り巡って自分に返ってくる」という因果応報という考えが物語の中には盛り込まれており、単なる恋物語というだけではなかった。
「源氏物語には光源氏の恋のお相手としてそれぞれ個性ある多くの女性が描かれていますが、光源氏最愛の妻といえばやはり紫の上でしょうか。恋い慕う継母に縁のある、面影も良く似た少女を見い出して自分好みに育てて妻にしてしまうなんて男としてはこの上ない喜びですからなぁ」
「そ、そういうものですか?」
(源氏物語の世界は煌びやかで憧れるけど、あれは架空の物語だもの。源氏の君は美丈夫で素敵だけど、あんなに恋多き殿方がお相手だと女は大変だわ)
紫の上は光源氏に生涯大切にされて最も愛された女性だと言えるけれど、妻に迎えられてからも数々の女性と浮き名を流す光源氏をそれこそ一番近くで見なければならなかった彼女の苦悩はどれほどのものだっただろうかと思うと複雑な気持ちにもなる。
紫の上は光源氏を愛する気持ちと嫉妬に深く悩み、心を千々に乱されて、最期は病を患って光源氏より先に亡くなるのだ。
(私なんて、信長様がもし他の女性と情を…などと想像するだけで胸が締め付けられて苦しくなるというのに…)
「手につみていつしかも見む紫のねに通ひける野辺の若草、だな」
光源氏と少女の頃の紫の上の出会いを描く『若紫』の巻
その中で光源氏が詠んだ和歌を慶次が徐ろに詠み上げた。