第34章 依依恋々
(うぅ…緊張する。和歌は詠まなくていいとはいえ、黙ってるわけにはいかないし…)
連歌会は慶次のお師匠様のお屋敷で催されるということで、集まった面々と顔を合わせた私は早くも緊張していた。
「織田の奥方様、どうぞお楽になさって下さいませ。今日は内輪の会で、皆、遠慮の要らぬ者ばかりですので。さぁさぁ、姫様も…お菓子など召し上がって」
慶次のお師匠様は京でも名の通った方のようだが、気さくな人らしく、大人に囲まれて戸惑っている結華にも甘い菓子などを勧めてくれる。
「ありがとうございます。私、和歌は嗜む程度で気の利いたことも申せませんが、よろしくお願いします。本日は源氏物語の講釈もしていただけるとか…楽しみにしております」
「はい!慶次殿から奥方様は源氏物語が大層お好きだと聞いて、私もお会いするのが楽しみでしたよ。いやぁ、それにしても噂どおりの美しい方だ!まさに紫の上そのもの。信長様が大切にお隠しになるのも道理ですな!」
「えっ…隠すって…そんなことは…」
「天下に並ぶ者のない信長様がたった一人愛される御方とはどのような方かと常々思っておりましたが、信長様が決して城の外へは出されないという噂も聞いていましたので、実のところ本当に来ていただけるのかと案じておりました」
「そ、そんな…大袈裟ですよ?」
そういった噂があるのは知っていたが、実際のところ私はお城に閉じ込められているわけでもなく、信長様と城下で逢瀬をしたり、時には一緒に遠乗りに出掛けたりもしているので、束縛も不自由も特別感じたことはなかった。
(困ったな…何だか変に誤解されてるみたい。もしかして世間では信長様が凄く嫉妬深くて心の狭い人みたいに思われてるんじゃ…)
世間の噂などを気にする方ではないため、自分がどのように言われていようと一向に構わなかったが、自分のことで信長様が悪く言われているかもしれないと思うと居た堪れなかった。
「師匠、それじゃあ、朱里が城に閉じ込められてるみたいじゃねぇか?御館様はそんなに心の狭いお人じゃないぞ?なんて言ったって勝手に出て行った俺の帰参を快くお許し下さるような懐の深い御方なんだぜ!」
「慶次…」
慶次が私達の間に割って入り、堂々と胸を張って言うのが、可笑しくもあり嬉しくもあった。