第36章 武将達の秘め事⑦
「御館様、本日は誠にお疲れ様でした。小娘も昼間の謁見では随分と気を揉んだことでしょうな。今宵は傍に置いて慰めてやらずともよかったので?」
「全く、正月早々つまらぬ話ばかり聞かされる羽目になろうとはな。こんなことならあやつを謁見の場に同席させるのではなかったわ。今の今まで機嫌を損ねておったのを散々に甘やかしていたのでな、来るのが遅うなった」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて事後を匂わせるようなことを言う信長に、政宗がヒュウっと軽快な口笛を吹く。
信長の言葉の意味を察した家康は、何となく気まずそうに顔を赤らめて下を向いており、三成はやはりよく分かっていないらしくニコニコと無駄に微笑みを振り撒いている。
秀吉もまだ動揺が収まらないのか、敬愛する主(あるじ)の姿を凝視するばかりで一向に言葉を差し挟めないでいた。
光秀だけは常と変わらず飄々として、信長に向かって恭しく首を垂れる。
「これはこれは…失礼致しました。では御館様も今宵は憂さ晴らしにと存分にお楽しみ下さいませ」
「あぁ。ゆえに小言はお断りだぞ、秀吉」
「はっ、ははぁっ!」
再び深々と首を垂れる秀吉の前を颯爽と通り過ぎた信長は上座にゆったりと腰を下ろし、流れるように差し出された光秀からの盃を機嫌良く受け取った。
美酒の注がれた盃を掲げ、信長はその場をゆったりと見回して威厳たっぷりに告げる。
「正月早々予期せぬこともあったが、天下泰平の世まで今少し、今年も皆、よろしく頼む」
「はっ!どこまでもお供仕ります」
一糸乱れず声を揃えて答えた武将達の顔はこれ以上ないほどに晴れやかに輝いており、賑やかな宴の喧騒はその夜遅くまで続いたのだった。