第5章 信長の初恋
ぶつかりそうになった相手は、池田勝三郎恒興。
信長の乳母の子で、いわゆる乳兄弟であり、常に行動を共にしている者である。
信長は城を抜け出しては、悪ガキどもを従えて往来を歩き、時に戦ごっこなどをして遊んでいる。
信長に従う者は、武家の次男坊や三男坊といった家督を継げぬ者や百姓の子など、いわゆる余者たち。
荒くれ者で礼儀も弁えぬ者ばかりだったが、恒興は一応曲がりなりにも信長の側仕え……話は通じる…はずだ。
「へ?若は手習いの真っ最中じゃ……ああっ、また逃げられましたか?」
ニヤニヤした顔でふにゃりと笑う恒興を見ていると、怒る気力も失せてくるが、
「勝三郎っ、若の行き先に心当たりはないのか?お前なら検討が付くであろう?」
頭を下げんばかりの勢いで恒興を問い詰める。
若のためならば、なりふり構っていられないのだ。
「さぁ…野山を駆けておられるのか、はたまた川で水練でもなさっているか、大方そんなとこじゃないですか?
飽きたら戻って来られますよ、平手様」
「っ…馬鹿者っ!そんな悠長なことを言ってられるかっ!怪我でもされたら何とするっ!」
刺客にでも襲われたら……
若が織田家の家督を継ぐことを良しとしない者は、今、この尾張には数多存在するのだから………
政秀の表情が暗く翳ったことに気が付いた恒興は、それ以上の軽口は言えなかった。
政秀が誰よりも、それこそ実の父母以上に、信長のことを愛情深く見守っていることを、恒興は知っている。
信長がどれほど酷い悪戯を仕掛けても、政秀は動じない。
激しく叱り、諭すことはあっても、決して見捨てたりはしないのだ。
信長もそれが分かっているから、政秀の機嫌を窺うような振る舞いはしない。
どれだけのことをしでかしても、必ず自分を受け入れてくれる、そういうある種の信頼関係が二人の間にはあるような気がするのだった。
「……ひとつ、心当たりの場所があります。
ご案内致します、平手様」