第34章 依依恋々
「ならばやはり忍びで…」
「ダメです」
きっぱりと言い切る秀吉とムッとした顔の信長の間に挟まれた朱里は二人の顔を見比べてオロオロするばかりだ。
「あ、あの、信長様、ご無理はなさらないで下さいね。お忙しい信長様についてきていただくなど申し訳ないですから。秀吉さん、私は慶次と一緒で大丈夫だよ」
「あ、あぁ…悪いな。正直なところ慶次一人では心許なく思うが…御館様が動かれるとなると大事になるからな」
「そうだよね。私の我が儘に信長様を付き合わせられないよ」
互いに頷き合いながら勝手に同調し始める二人を信長は一人憮然とした表情で睨む。
信長の同行を条件としたはずが、こちらの意図に反して朱里の都行きはいつの間にか決定事項となっているようだ。
過保護な秀吉ですら認めているのをこれ以上反対するのは己がひどく狭量な男のように思えて、信長は口を噤まざるを得なかった。
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それから数日後、私達は京にいた。
「わぁ…母上、人がこんなに沢山…これが京なのですね!」
様々な品を取り扱う店が建ち並ぶ都大路を大勢の人が忙しなく行き交う光景を見て、結華は感嘆の声を上げる。
信長の膝元の大坂や安土の城下も京に負けず劣らず活気があるが、初めて見る京の町は結華の目にはそれ以上に映っているようだ。
今にも走り出しそうな娘の興奮が伝わって、朱里は微笑ましい気持ちになる。
「結華、母様とちゃんと手を繋いでおいてね。人が多いからはぐれると大変よ」
「はい、母上!」
元々、結華は年の割に大人びた子であったが、吉法師が産まれてからは姉らしく更に落ち着いた振る舞いをするようになっていた。そうは言っても結華もまだまだ子供であり、初めての京の町に無邪気にはしゃぐ姿は微笑ましいばかりだった。
朱里にとっても久しぶりに見る京の町は以前に訪れた時よりも店の数も人の往来も増えているように思えた。
「京の町のこの賑わいは、全て御館様あってのことだからな」
信長が足利将軍を奉じて上洛を果たした当時、京の町は今ほど栄えてはいなかった。下剋上が横行し、治安は乱れ、町全体が荒廃していた。困窮した公家衆は帝の住まう御所の修繕すらままならない有様だった。
信長は都の復興に財を惜しまず、朝廷にも多額の寄進をし、京は往時の賑わいを取り戻していったのだった。