第34章 依依恋々
初手から不興を買ってしまった私だが、信長様に京へ行く許可をいただくため、もう一度話をしようと試みるが…
(ダメだ…全然捕まらないっ!)
政務に視察にと日頃から多忙な信長様だが最近は特にお忙しいようで、話をしようにもすれ違ってばかりだった。
というのも、来月の皐月の月には信長様の誕生日があり、日ノ本各地から早くも祝いの品や祝い文が届いたりしていて、謁見の予定も休みなく入っていたのだ。
毎年のこととはいえ誰もが気忙しく、城の中も外も次第にお祝いの雰囲気が色濃くなっていた。
(夜も遅くまでお休みになっていないみたいだし、もう一度きちんと話し合いたいのに…まさかとは思うけど、避けられてるわけじゃないよね…?)
ここ数日は深夜まで執務室にいらっしゃるため、夜も別々に休んでいた。せめて昼間に一目でもお会いしたいと思うが、私もお誕生日当日の準備や今年の贈り物の用意で何かと忙しく、思うように時間が取れないでいたのだが、これほどにすれ違うと自分が避けられているのではないかと妙な勘ぐりをしてしまうのだった。
「はぁ…お誕生日も近いのに、こんなことになるなんて…」
自分が我を通そうとしたために信長の機嫌を損ねてしまったかと思うと心が痛い。
大切に思われているのが分かるからこそ、きちんと思いを伝えてお許しをいただきたかった。
一つ深い溜め息を吐いてから、手元の縫いかけの衣をそっと撫でる。落ち着いた黒地に小葵文様の地紋に鳳凰と華紋の柄をきらりと光る金箔と赤味がかった金糸で織り上げた金襴生地の衣で縫っているのは、今年のお誕生日のお祝いに信長様へ贈るための弓籠手だった。
弓籠手(ゆごて)とは騎射(うまゆみ)の装束の一つで、弓を射る時に袖が弦(つる)に当たるのを防ぐために、左の手首から肩にかけて覆う布帛製の筒状の籠手のことである。弓籠手は鷹狩の時にも用いられるので、鷹狩がお好きな信長様への贈り物にと密かに縫い進めていた。
裁縫の腕前は城の針子達には及ばないが、信長様のためにできるものは手作りしたいと思ったのだ。
初めて出逢ってから毎年お傍でお祝いして来た信長様の誕生日だが年月を経ても特別な日に変わりはない。
愛しい人がこの世に生を受けた大切な日を祝うのに、このまま気持ちがすれ違ったままでいたくはなかった。