第34章 依依恋々
「駄目に決まっているだろう。そのようなこと、許せるわけがない。寝言は寝て言え」
予想どおり、取り付く島もなくピシャリと言い切られてしまった。
「あ、あの、信長様…」
「大体、その話、慶次は何故、俺に言わん?貴様に直接頼み込むなど有り得ん。貴様は俺の正室だぞ?そんな簡単にほいほい連れ出せると思うなど、了見違いも甚だしい」
一気に捲し立てるように言うと、これ以上ないほどの不機嫌さを隠そうともしない。
「や、でも…慶次がお世話になった大切なお師匠様からのお願いですし、無碍にお断りするわけには…和歌も詠まなくていい、参加するだけでいいって話ですし、それならいいかなって…」
「何がいいのだ?良いわけなかろう。京へ一人で行くつもりか?」
「えっ…いや、だから慶次と一緒に……」
「彼奴はどうでもいい」
「信長様、ちょっと落ち着いて下さ…」
「馬鹿なことを言うな、俺は至って冷静だ」
(ど、どこが?今まで見たことがないぐらい凄い剣幕なんですけど!?)
沸々と湧き上がる苛立ちを隠せないのだろうか、ギリッギリッという耳障りな歯軋りの音が聞こえてくるのが空恐ろしい。
どうやら相当お怒りのようだ。
「京へ行くと言っても数日のことですし、慶次が一緒なら危険なことはないと思…」
「はぁ?一人で京へ行ったこともないのに何を言うか」
「いや、だから慶次が一緒に…」
「彼奴のことは聞いておらん。大体、何故、貴様が出向かねばならんのだ?詩歌の才はいらぬ、ただその場にいるだけでよいなどと…俺の正室は見せ物ではない」
「信長様…」
「貴様に会いたいというのなら、俺に直接謁見を願い出ればよい話だ。まぁ、一介の連歌師にそのような度胸があれば、だが」
「っ…」
(どうしよう…こんなにお怒りになるとは思わなかった。慶次の役に立てるなら、と軽く考え過ぎていたかもしれない。でも…)
「貴様は人が良過ぎる。頼まれたからといって何でも簡単に引き受け過ぎだ」
「そんなつもりは…」
「ない、と言い切れるか?人から頼られれば多少無理をしてでもやろうとするだろう?貴様はそんな女だ。だから目が離せん」
「っ…話が逸れてます、信長様」
幼な子を宥めるように慈愛に満ちた口調で言いながら頬を優しく撫でられて、剛と柔を使い分けるかのような信長様の態度の移り変わりに戸惑ってしまう。