第34章 依依恋々
「実は昨日、慶次から頼まれたんですけど…」
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「えっ!連歌会(れんがえ)?」
「おぅ、俺が織田家を去った後、京にいた頃に世話になった雅事の師匠がいるんだけどよ、その師匠が今度、京で連歌会を開くんだ。
当然、弟子の俺も招待されてるんだが…その、俺が織田家に復帰したことを知った師匠がお前に会いたがっててなぁ。朱里、頼む!俺と一緒に連歌会に出てもらえないか?」
「慶次のお師匠様?そんな方がいらっしゃったんだね。でも、どうして私なの?私、和歌はそんなに得意じゃないし…それなのにいきなり連歌会なんて無理だよっ!」
連歌とは、簡単にいえば和歌が連なったものである。和歌は「五・七・五・七・七」の形を一人の人が詠むものであり、この和歌を複数人で詠み連ねたものが連歌である。
上の句「五・七・五」と下の句「七・七」を分けて複数人で詠み、連作形式に繋げていくのだ。自分の句の下に名前を記して、紙面上はそれが順番に並んでいく。開催される場所や目的にもよるが、連歌会には大体五名~十名ほどが集まり、五十韻から百韻ぐらい詠むのが一般的であった。五十韻、百韻という数字が一般的とされているのは、これで完結させることで功徳が生じると信じられていたからである。
連歌は実はなかなか難易度が高い雅事である。というのも、一人で詠む和歌はそこで完結だが、複数人で詠む連歌には『前の人の句を受けて自分が詠み、次の人へ繋げる』という制約があるからだ。参加者の詩歌の技量が皆同じぐらいであれば大した問題は起きないだろうが、格別に才能の秀でた者が高度な趣向を凝らした句を詠んだりすると厄介なことになる。意趣に気付かなかったり、間違った解釈をしてしまうと大勢の前で自分の無能さを露呈する羽目になるのだ。和歌を少々嗜んでいる程度の腕前では、連歌会という恐ろしく高尚な集いに加わることすら難しいのだった。
「いや、別に詠み手として参加してくれってわけじゃない。一応、形としては連歌会ということになってるが、実際は雅事に秀でた方々の遊興の集まりだ。詩歌を詠んだり、茶を立てたり、古典に親しんだり…要するに風雅を喫する会ってわけだが、皆、京でも大層評判の『信長様の天女』様にお会いしたいらしい。だから、和歌は詠まなくていい。その場にいてくれるだけでいいから!頼む、朱里!俺の顔を立ててくれ」
「ええっ…」