第34章 依依恋々
柔らかな月明かりが射し込む廻縁に春の夜風がさわさわと流れていく。ぼんやりと霞がかかった朧月が幻想的で美しい。
「信長様、どうぞ」
床板の上に胡座を掻いて座る信長様にお酒をすすめる。
今宵、信長様が召し上がっているのは南蛮の『珍陀酒(ちんたしゅ)』に熟れた桃を漬け込んだ『サングリア』というお酒だった。
「貴様も飲め」
酒の雫に湿った唇をゆったりと見せつけるように舐めながら、私のグラスにも鮮やかな赤い色をした酒を注いでくれる。
「ありがとうございます。いただきます」
吉法師の乳離れが済んで、近頃はまた以前のように二人でお酒を楽しめるようになっていた。
甘口の珍陀酒は飲みやすく、グラスに口をつけると桃の甘くて芳醇な香りが鼻腔を擽る。
「ん…美味しい。やっぱり桃は合いますね。甘さが増して飲みやすいです」
「貴様はこの甘い酒が好きだったな。よい、好きなだけ飲め。飲み過ぎて酔っ払っても俺が介抱してやるゆえ案ずるな」
「やっ、もぅ…酔っ払ったりなんてしませんよ!」
そうは言いつつ、甘口で口当たりの良いこの南蛮の酒は美味しくてついつい杯が進んでしまいがちだった。
「ほら、これも食え」
愉しげに口の端に笑みを浮かべながら、赤く染まった桃の果実を指先で摘んで私の口元へと運んでくれる。
好きな人の前で子供のように口を開けるのは恥ずかしい気持ちもあったが、甘い桃の誘惑には勝てず、恥じらいながらもそっと口を開いた。
「っ……」
上目遣いでそっと口を開ける朱里の艶めかしい姿に、信長は思わず小さく息を呑む。
ほんのりと頬が桜色に色付いているのは南蛮の酒のせいか、それとも恥じらいからのものなのか…
(此奴はいつまでも変わらぬな。何気ない仕草なのに何故にこんなにも色めいて見えるのか…)
ツンっと突き出された唇が口付けを強請られているかのように感じられて、どくりと大きく胸が高鳴った。
朱里の口元へと近付けていた桃の実を衝動的に己の口に放り込むとそのまま朱里の口を塞ぐようにして口付ける。
「えっ、んんっ!?」