第34章 依依恋々
(結華は本当に新九郎くんが好きなのね。新九郎くんの方もまめに文や贈り物を送ってくれているようだし、結華のこと、満更でもなく思ってくれているのかしら。二人がこのまま上手くいってくれるといいな)
帯解きを終え、大人の仲間入りをしたとはいえ、嫁入りなどはまだまだ先の話だろう。娘を溺愛している信長がおいそれと結華を手放すとは思えない。けれど、子供達には政略ではなく本当に好きな人と結ばれて欲しいと思う。
自分が信長と出逢い、愛し愛されて満たされた日々を過ごせているように……
「…母上?」
物想いに耽っていた私を結華が心配そうに覗き込む。
いつの間にか抱き締めていた腕の力が緩んでいたらしく、吉法師は私の腕の中から抜け出して結華の傍にピタリとくっついて小さな手で結華の着物の袖をきゅっと握っている。
「ねぇね、あそぼ?」
「ふふ…吉法師は本当に姉上が好きなのね」
「きち、ねぇね、すき。ははもだいすき」
「ふふ…ありがとう」
幼な子が『好き』の意味をどこまで分かって言っているのか定かではないが、その物言いの可愛らしさに思わず頬が緩む。
「おっ、随分と賑やかだなぁ」
子供達とワイワイと楽しく話していると、意外な人がひょっこりと顔を出した。
「慶次!?わぁ、どうしたの?」
日頃は奥御殿にはあまり顔を出さない慶次だが、その場にいるだけで一瞬にして華やかな雰囲気になる。
「けいじ!」
「おっ、吉法師様、今日も元気いっぱいだな!」
「けいじ、きちとあそぶ?」
明るくて面倒見がいい慶次は子供達にも人気がある。慶次は吉法師の『だいすき』の一員なのだ。
「おう!何なりとお相手仕る…って言いてぇところだが、今日はその前に朱里に頼みたいことがあってよ」
「えっ…慶次が私に?珍しいね。何だろう?」
慶次は一時期、理由あって織田軍を離れていたのだが、信長様の下に再び戻ってからは持ち前の面倒見の良さで兵達の訓練を指揮したり、牢人達の世話役をしたりしている。
戦場においては政宗や家康と先陣を争うほどの勇猛な武将だが、子供達の相手をしてくれる時の慶次はすこぶる優しい。
「ああ、実は……」
珍しく少し困ったように慶次が話し始めたのは、これもまた意外な頼み事だった。