第33章 ハッピーイースター〜春待ちて
大したことではない風に言いながら筆を取った信長様は、少しも迷うことなく大胆に絵の具を筆にのせて卵を塗り始めた。
「出来たぞ」
「わぁ…これ…木瓜紋ですか?」
信長様があっさりと作り上げた卵形は全体を赤い絵の具を塗られていて、真ん中に黒い絵の具で木瓜紋が鮮やかに描かれていた。
木瓜紋は言わずと知れた織田家の家紋である。
(さすが信長様。この発想はなかった!)
私も子供達も絵付けといっても色分けをして塗ったり丸や星など簡単な模様を描いたりするぐらいだったので、いきなり木瓜紋を描き上げた信長様の発想力と画力の高さに驚いてしまう。
そしてやはり何をしても器用な信長様の作である。描かれた木瓜紋は細部まで丁寧に仕上げられており、赤と黒の対比が何とも美しい作品であった。
「父上、恰好いい!」
「ちちのたまご、ほしい!」
子供達も信長の周りに集まって手元を覗き込み、興奮したように声を上げる。
「ふふ…大人気ですね、信長様。そうだ!信長様のこの卵を見つけた人を一番手柄にしませんか?」
「は?」
「当日は子供達だけでなく、武将達にも参加してもらって…信長様のこの卵を見つけた人に一番のご褒美をあげるんです。秀吉さんとか…喜びそうじゃないですか?」
「おい、秀吉を喜ばしてどうする?面倒臭いだけではないか」
「ちちのたまご!きち、いちばんにみつける!」
「私も!吉法師には負けないわよ」
眉を顰める信長に対して、子供達は俄然やる気になったようだ。
一番手柄の栄誉の意味は分からずとも、二人とも単純に父の描いた見目麗しい卵が欲しいようだった。
「ふ…まぁ、よい。二人とも、父がとびきりの褒美を用意してやるゆえ、励め」
「「はい!」」
(ふふ…当日が楽しみ)
「朱里、貴様も励めよ」
「はい?」
「女子にとって一番手柄など滅多にない機会だろう?貴様への褒美も用意しておくゆえ、励めよ」
「ご褒美…」
子供達へ向ける笑顔とは別の、少し含みのある笑みを浮かべた信長様の顔をまじまじと見ながら、私は『ご褒美』という言葉に何とも言えない甘美な響きを感じ取ってしまったのだった。