第33章 ハッピーイースター〜春待ちて
「何だ?随分と賑やかだな。騒々しいのは吉法師か?」
「信長様っ…」
「父上!」
「ちち!」
わぁわぁと子供達の賑やかな声が響く室内に颯爽と入って来たのは信長様だった。
「父上、見て下さい。綺麗でしょう?」
嬉しそうに信長の傍に寄った結華が指し示した先には、鮮やかに色付けられて出来上がった卵形がずらりと並べられている。
「上手に出来ておる。色の選び方も良い。結華は手先が器用だな」
信長は慈愛に満ちた穏やかな笑みを見せると、愛娘の頭を優しく撫でてやる。
普段から娘にめっぽう甘い信長は、些細なことであっても必ず結華を褒めるのだ。
「ちち!きちは?きちのたまごもみて!」
信長の前に絵の具だらけの鮮やかな手が突き出される。
その小さな手の内にある一見無秩序な色の氾濫に僅かに眸を瞠った信長だったが、自分の前で自慢げに胸を張る小さな息子を見て胸の内で小さく笑みを溢す。
「吉法師も上手に出来たな。偉いぞ」
「!!」
父の褒め言葉にぱぁっと表情を明るくした吉法師は、その場でぴょんっと飛び上がり、幼い子供らしく全身で喜びを露わにする。
「信長様、ありがとうございます」
「ん?」
「父上に褒めていただけて二人ともよかったわね」
満面の笑みを見せる子供たちの姿に、春の柔らかな日差しのように心がぽかぽかと暖かくなっていく。
「準備は順調に進んでいるようだな」
部屋の中を見回しながら言う信長様に慌てて茵を用意する。
「すみません、散らかってて…」
子供達と作業をしていたため、いつの間にか部屋中に物が広がってしまっており、室内はお世辞にも綺麗とは言えない有様だった。
あちこち散乱した物を片付けて急遽空けた場所に黙って腰を下ろす信長様に恐縮してしまうが、当の信長様は気にした様子もなく、絵付けの済んだ卵形を興味深そうに見ている。
「構わん。どれ、俺も一つ描いてみるか」
「えっ、信長様が?」
「……何だ?俺が絵を描くとおかしいか?」
「い、いえ、そんなことは…」
(おかしくはないけど…信長様が絵を描くところを見るのって初めてじゃない?字はとても達筆でいらっしゃるけど、絵はどうなんだろう?すごく気になる!)
絵を描く信長様を見られるという思わぬ僥倖に、心が浮き立つ。
「絵というほど大層なものではないな。卵に模様を描くぐらいは」