第32章 専属女中は愛されて
御礼を言いかけた私の口を、信長様はいきなり口付けで塞ぐ。
ーちゅっ…ちゅうぅっ…
噛み付くように口付けられて、その先の言葉を妨げるように激しく唇を吸われる。
「んんっ…っ、はっ…うっ…」
散々に吸い上げられて漸く唇が離れていった頃には、息は激しく乱れ、突然のことに驚いた心の臓がドクドクっと早鐘を打ち続けていた。
乱れた呼吸を整えながら信長様を見上げると、不機嫌な子供のように唇を尖らせて横を向いておられる。
「っ…急にどうして…?」
「女中は終いだと言ったであろう?」
「はい?」
「…………御館様と呼ぶのは止せ」
「あっ……」
意識していたわけではなかった。女中の仕事にも慣れて、いつの間にか初めの頃に感じていたような違和感もすっかり感じなくなって自然とそう呼んでしまっていたのだ。
「貴様にそう呼ばれるのは好かん。何故だか分からぬが…」
信長様は、本当に分からないといった風に至極不愉快そうに眉を顰める。
「ふふ…」
その様子が何とも子供みたいで可愛らしく思えて自然と頬が緩んでしまった。
「……何故笑う?」
「いえ、ふふ…別に…ふ…」
抑えようとすればするほど口端から笑みが溢れて困る。
「貴様は…褒美より先に仕置きが欲しいと見える」
「えっ!?」
ぼそりと低く呟かれた声に不穏な気配を感じた瞬間、視界が反転して…天井を背にした信長様の艶然と笑う顔が間近に迫る。
押し倒されたと頭が理解したのと同時に信長様の指先がつつっ…と首筋を撫でた。
「んっ…」
「着替えを手伝ってやろう。早く着替えねば宴に間に合わん」
「えっ…あっ、そんなっ…やっ…」
袷を大きく開かれて首筋を柔らかな唇に吸われる。
じゅっ、という大きな水音が耳に響いて羞恥に頬がじわりと熱くなった。
「だ、ダメです…跡が…見えてしまいます」
着物に隠れないところにわざと口付ける信長様を拒もうと身を捩るが、獲物を捉えて嬲る鷹のように悠然と見下ろしながら帯を緩められる。
「俺のものだという証しだ。共に宴に出るのだ。見せつけておかねばならん」
「あっ…そんなっ…」
嬉しそうに口の端を持ち上げた信長様は、濡れた唇を舌先でペロッと舐めてみせる。その妖艶な姿に目が離せず、身体の奥がズクっと甘く疼くのを抑えられなかった。