第32章 専属女中は愛されて
そうして、視察先のお城へ滞在すること数日が経ち、明日にはいよいよ安土へ帰城するという夜のことであった。
「よし、準備はこれで大丈夫かな」
ここ数日で女中としての仕事にもすっかり慣れた私は、衣桁にかけられた信長様の晴れ着を隅々まで見渡して、皺やほつれなどがないかを確認してから安堵の息を吐いた。
今宵はこの城に滞在する最後の夜ということで、宴が開かれることになっていたのだ。
今、信長様は湯浴み中で、この後は晴れ着にお召替えをして広間で開かれる宴に出られることになっていた。
(最初は女中として上手くやれるか不安だったけど、これほど長く信長様のお傍にいられたことはなかったから、貴重な時間だったな。普段の信長様はお忙しくて、お顔を見ることも叶わない日もあるから…)
限られた期間ではあったが、愛する人の傍で日々のお世話ができる毎日は充実したものだった。
煌びやかな晴れ着を眺めながら朱里が達成感に浸っていると、スパンっという軽い音とともに襖が開いて信長が姿を現した。
湯上がりの身体からは匂い立つような色気が溢れていて、濡れ髪から滴る雫がしっとりと頬を濡らす艶めかしい様子に思わず目が釘付けになる。
「おかえりなさいませ、御館様。お召替えの支度は整っております。あ、先に髪をお拭きしますね」
思わず見惚れてしまった気恥ずかしさを繕うように、あたふたと手拭いを手にして信長様のお傍に寄った。
胡座を掻いて座る信長様の後ろに回り、膝立ちになって濡れ髪を拭く。ただ髪の先に触れているだけなのに胸の内が煩く騒ぐ。
「ん……」
信長様の口から心地良さげな声が漏れる。
無防備な背中が、私に気を許してくれていることが感じられて嬉しい。
(親しい間柄の先とはいえ、今回はなかなか多忙な日程だったからお疲れなのかもしれない。今宵の宴ではゆっくり寛がれるといいな)
女中である自分は同席できないので、今宵の宴が信長にとって癒しの時間になるようにと願うばかりであった。