第32章 専属女中は愛されて
「あらあら、仲のよろしいことで…」
「!?」
いつの間にかお茶を運んで来ていた茶屋の女将さんの声に、ビクッと肩が跳ね上がる。
「お二人は恋仲?それともご夫婦かしら?仲睦まじくて、本当にお似合いですねぇ」
「ち、違うんです…私は…」
ニコニコと屈託のない笑みを向けてくる女将さんに焦った私は、信長様の膝の上から逃れようと身動ぐが、がっちりと抱き締められているために僅かにも身体を動かすこともできない。
「お、御館様、離して下さい…」
女将さんが奥へと下がっていったのを確かめてから、身を捩り、周りに聞こえぬよう小さな声で訴える。
「ならん、この方が都合がいいからな。ほら、口を開けろ。大福に栗饅頭、みたらし団子に水羊羹もあるぞ。遠慮せずたらふく食うがよい」
「そんなに食べられませんよ!」
(いつの間にそんなに大量の注文を!?しかもどれもこれも私の大好きな甘味だ…)
食べさせる気満々の信長様はみたらし団子の串を持ち、私の口元へと差し出して口を開けるように促す。
砂糖と醤油の香ばしい蜜の匂いが途端に食欲を刺激して、思わずゴクリと喉が鳴った。
(膝の上で食べさせてもらうなんて死ぬほど恥ずかしいけど…美味しそうな甘味の誘惑と信長様の甘やかしには抗えない)
「っ、んっ…」
それでも恥じらいを捨てきれずに小さく口を開けた私に、信長様は僅かに眉を顰めて…あっと思う間もなく串から団子を一口齧り取ると、そのまま私に口付けた。
「んっ!?んんっ…」
舌先で強引に唇をこじ開けられて、つるりとした団子が口の中へと滑り落とされる。
甘塩っぱい蜜の味が口内に広がれば途端に頬が緩み、条件反射的に団子をもぐもぐと咀嚼していた。
「く、口移しなんて…ダメです!」
口の中のものを飲み込んでから、抗議の意味を込めて信長様を睨んでみせたが…
ーちゅるっ…
「ひゃっ…」
口の端をぺろりと舐められて驚きの声が漏れてしまった。
「甘いな」
(甘いのは貴方ですよ、信長様。はぁ…これじゃあ、もう、視察じゃなくて逢瀬だよ。でも…それが嫌じゃないんだから困る)
過剰な甘やかしに困惑する素振りを見せながらも、本音では嬉しいと思ってしまうのだ。人目を気にせず大切にしてくれる信長様の愛情を深く感じて幸福感に満たされていく自分に戸惑いながら、私はその愛に抗うことなく身を委ねていたのだった。