第32章 専属女中は愛されて
こうして女中として信長様の身の回りのお世話をする日々は続き…
「御館様、こちらはこの地の特産の布です。草木染の美しい色合いが特徴なんですよ」
「ほぅ、確かに美しい色味だな。草木染というが、何で染めたものだ?」
「これは丁子染め(ちょうじぞめ)といいまして、丁子の花蕾の煮汁で染めた染物です」
丁子染めの色味は落ち着いた黄みの暗い褐色で、染めてしばらくは染めた布に丁子の香りが残るため『香染め』とも呼ばれている。平安時代から公家衆の間で好まれてきた染物であった。
「丁子の良い香りがするな。それにしても貴様、この地の特産などよく知っているな」
「はい、この他にも色々あって…あっ、あのお店は茶道具を扱っているそうですよ。ご覧になりますか?」
「ああ、見よう」
興味津々といった様子で店先の品を覗き込む信長を見て、朱里は内心ホッと安堵の息を吐く。
(喜んでもらえてるみたいでよかった。この地の特産を予め調べておいた甲斐があったな)
城下の市を視察される信長様のために、この地の特産品や珍しい品を扱う店の情報をお城で働く人達に密かに聞いておいたのだ。
「何か気になったものはございますか?」
店の者に熱心に質問をしたり、品物を手に取って見比べたりと、興味深げな様子の信長様に問いかける。
「ん…どれも良いな。朱里、貴様はどうだ?何か気に入ったものはあったか?」
「えっ、私ですか?」
逆に問われて戸惑ってしまった。
信長様に喜んでもらおうと、あれやこれやと情報収集に余念がなかったため、私自身は城下をゆっくりと見て回る余裕もなかったのだった。
「何か気に入ったものがあれば買ってやろう。この地のことをよく調べておった褒美だ。何がよい?何でも望みを言うがよいぞ?」
「そ、そんな…ご褒美をいただくような大層なことはしてないですよ!」
「そんなことはない。貴様の案内で有意義な視察になっている。良き働きぶりには報いねばならん」
(嬉しいけど、そんな風に言ってもらえるほどのことはしてないのにな…何だか少し気が引けてしまう)
実は、女中としての私の働きに対して信長様は連日、過剰ともいえるご褒美を下さっている。