第32章 専属女中は愛されて
ところが、予想に反して信長様は湯殿でそれ以上私に触れてくることはなかった。
『褒美だ』と言って私の額に口付けた後は、さっさとお一人で湯殿の中へと入ってしまわれて、私も慌てて湯殿着に着替えて後を追ったのだけれど、甘い意地悪に身構えていたのが拍子抜けするぐらいに何もなかった。
鍛えられた男らしい身体を目の当たりにして内心ドキドキしながら背中を流す私を信長様は揶揄うこともなく、淡々と湯浴みを終えられたのだった。
(てっきりまた意地悪されるかと思ってたけど、何もなかったな…って、別に期待してたわけじゃないけどっ…)
何となくモヤモヤした感情を持て余しながらも、女中らしく信長様の湯浴み後の身体をお拭きする。
湯上がりの濡れ髪を煩わしそうに掻き上げる仕草が堪らなく色気があって直視できず、私自身は湯に浸かったわけでもないのに身体が火照って仕方がなかった。
「お、終わりました。私はこれから夕餉の支度がありますのでこれで…」
湯浴みの手伝いを終えた私は、この後は夕餉の支度をするために厨へと向かわねばならなかった。
「そうか…ご苦労だった。これは褒美だ、取っておけ」
ーちゅっ…
「っつ!んっ…」
掠めるように唇に口付けられて、不意打ちに心の臓がトクリと高鳴った。
(完全に油断してた!こんな所で口付けられるなんて…)
他所様のお城で女中とイチャイチャしている所なんて見られたら、信長様の威厳に関わるではないか。
慌てて周りを見回すが、幸いにも辺りに人の気配はなかった。
「だ、ダメです…他の人に見られるかもしれないのに」
「構わん。良き働きをした者に相応の褒美を与えるのは城主の務めだろう?女中としての役目、大いに励むがよい」
「えっ…は、はい!」
相応の褒美という言葉に些か引っかかったが、女中としてお傍にお仕えすることを認めてもらえたことが只々嬉しくて、その時の私は深く考えなかったのだ。
この後の信長様のご褒美が、私の想像を遥かに超えるものになろうとは…