第32章 専属女中は愛されて
「秀吉、貴様、何度言えば分かる?身の回りのことなど、己が手でどうとでもなると言うておろうが。女どものたまの里帰りぐらい快く許してやれ」
「そ、それは大変勿体なきお言葉なれど、御館様のお手を煩わせるわけには…この上はこの秀吉がお供を…」
「無用だ。視察先でまで貴様の小言を聞くつもりはない」
(わぁ…そんなはっきり言わなくても…う〜ん、でもこれじゃあ、この話し合いはいつまで経っても纏まらないんじゃないかな。信長様は一度決めたことは滅多なことでは覆さない御方だから。それならば…)
「ねぇ、秀吉さん、信長様の身の回りのお世話をするお役目、私じゃ務まらないかな?」
「えっ…朱里、お前…いや、そんな…務まらないどころか、お前ならまさに適任だけど、でも、いいのか?」
「秀吉っ、勝手に決めるな」
「えっ…ダメですか?信長様のお役に立てるなら、私は何だってやるつもりですけど…」
私の提案に乗り気になってくれた秀吉さんを即座に制した信長様を意外な思いで見る。
(いつもなら同行を許して下さるのに、どうしてダメなんだろう…)
近場への視察には何度か同行したこともあり、今回も快く許して下さると思っていたので、拒絶されたことに些か動揺してしまう。
戸惑う私に対して、信長様は不敵な笑みを浮かべながら宣言した。
「貴様がいつものように物見遊山でついて来ると言うなら同行を認めるが…あくまで女中として俺の世話をしたいと言うのなら、それは認めん」
「そんな…」
(いつものように信長様の姫として甘やかされる立場ならついて来てもいいけど、お役目としてお傍にお仕えするのはダメってこと?信長様のお傍にいられるなら私は何だって構わないけど…それだと役に立つどころか、かえって足手纏いになってしまうかも)
「……分かりました。残念ですけど、今回は諦めます」
「ふっ…聞き分けの良いことだ。土産でも楽しみにして大人しく俺の帰りを待つがよい」
願いが叶わずガックリと肩を落とす朱里を満足そうに眺める信長を見て、秀吉は何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。