第31章 武将達の秘め事⑥
『祝いの品なんて…そんなの気にしないで下さい。信長様には日頃から多くの物をいただいていますし、この上誕生日まで祝ってもらうなんて申し訳ないです』
今日は城へ商人を呼び、誕生日の祝いに好きなものを選べと言ってやったのだが、朱里は戸惑ったように遠慮がちに微笑むばかりで、商人が薦める高価な品々を形ばかりに手に取って見るものの、結局何一つ選ぼうとはしなかったのだ。
天下人である信長がこの世で手に入れられぬ物などない。
国内外の高価な品、それこそ朱里が見たこともないような珍しい品でも信長が望めば容易に手に入れられるだろう。
だが、それでは意味がないのだ。
誕生日ぐらいは朱里が真に望む物を贈りたいと思う。
「あやつへの贈り物か…実のところ、未だ決めかねておるのだ。正直、何が良いのか分からん」
難しい顔をして思わずポツリと溢した信長を見た武将達は、意外なものでも見るように顔を見合わせる。
何事も即断即決、あれこれと思い悩む姿など見せたことのない信長が人前で悩む姿を見せていた。
「欲しいものは何かと聞いても、あやつは自分からは言わん。欲しい物などないのか、ただ遠慮しているだけなのか…」
「朱里は控えめな女子ですから…普段から我が儘も言いませんし」
「そうは言っても、あいつも姫だからな、華やかな着物や装飾品が嫌いなわけじゃないだろ?煌びやかな打掛や簪、紅や白粉なんかは女は皆、喜ぶんじゃないか?」
「いや、どうだろうな…確かに装飾品に全く関心がないわけではないだろうが、あの娘は贅沢は好まぬ性質(たち)らしい。派手に着飾って城の奥深くに籠っている世の姫君方とは違うのではないか?」
「そうですね。部屋でじっとしてるあの子は想像できないですね」
「ふ〜ん、身に付ける物がダメなら、食い物はどうです?信長様。甘いものが嫌いな女はいないでしょう?南蛮の珍しい菓子とかなら喜ぶんじゃないですか?」
「南蛮菓子か…それは喜ぶだろうが、贈り物が菓子だけというのもな。せっかくの祝いだ。何か形に残るものを贈りたい」
甘味を前に顔を綻ばせる朱里を思い浮かべて微笑ましく思ったが、贈り物に菓子というのは些か子供っぽいような気もしたのだった。